杉山慧、明日はどうなるのか。〜その4〜

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神戸在住、普段はCDショップ店員として働く杉山による連載企画の第二回。タイトルは神戸在住の音楽ライター安田謙一さん「神戸、書いてどうなるのか」のオマージュです。

昨年9月に書いて、お蔵入りになっていたチャイルデッシュ・ガンビーノ「This Is America」をグラミー受賞記念にアップできることになりました。

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「HAPPY」と「This Is America」で見えてくるここ5年の変化

 スターウォーズのスピンオフ映画『ハンソロ』への出演や彼が脚本も手掛けたドラマ『アトランタ』など俳優としても活躍するドナルド・グローバーのラッパー名義であるチャイルディッシュ・ガンビーノ。彼はいまケンドリック・ラマーと肩を並べる存在になりつつある。

2018年5月に彼がリリースした「This Is America」は、英語が分からなくとも「This Is America」という印象的なフレーズと衝撃的な映像でアメリカの社会問題の根底にある差別を抉り出した。SNSで衆目に晒された差別の実態、黒人を殺しても捕まらないというアメリカの現実をシニカルに描いている。特にラストの後味の悪さはなんとも言えない。ジェームス・ブラウンの掛け声「1、2、3、GET DOWN!」、車上でのスムーズなダンスはマイケル・ジャクソンを思わせる。そこで歌われるのが“金を稼げ”というフレーズ。取り上げられたのが「ショービジネス界で最もよく働く男」(ジェームス・ブラウン)と「世界で最もCDを売り上げている男」(マイケル・ジャクソン)が引き合いに出されていること。そして、それまでの多幸感ある掛け合いは無くなり、不穏なアウトロと共に黒人は売り買いされる商品だという歌詞と必死の形相で逃げるドナルド・グローバーは、黒人奴隷制が現代にも続いていると言わんばかりだ。このラストが付くことで、ジェームス・ブラウンとマイケル・ジャクソンの輝かしい功績に何だか商品として使われていたというニュアンスが帯びてくるようだ。それは彼がエンターテイナー当事者として食い物にされることへの恐怖と捉えることも可能だろう。

世界中に拡散されたこのMVは、「This Is Nigeria」などスピンオフが各地で自主的に制作された。それはいまから5年前、ファレル・ウィリアムスが「HAPPY」のMVが起こしたムーブメントと同じようでありながら、そのベクトルの違いは考えさせられるものがある。偏見や差別に対して笑顔で訴えることで連帯しそれを越えていくこのMVは、150か国以上で作られ理想的な形のようにも見られた。しかし、「This Is America」の場合は、パロディーの製作者側にもマイノリティである当事者が現状をシニカルに描くという一定のリテラシーが求められる。この2つのMVの違いは、ブラック・ライヴズ・マターの盛り上がりと分断を助長する発言を繰り返すドナルド・トランプ大統領の政策方針という、ここ5年で起こったアメリカの国内情勢の変化が見えてくる。60年代当時新しいメディアであったテレビを通じて世界は黒人差別の実態を知り公民権運動が盛り上がったことと、我々がSNSで眼にした差別の実態によりブラック・ライヴズ・マターが盛り上がったこと。ここには、時代によって手法は違うが共通のジャーナリズムを感じるし、どちらの運動にも音楽が大きな役割を果たしているは、カルチャーを考える上で一考に値するのではないだろうか。知らんけど。


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「This Is America」と対を成す一曲

上記の「This Is America」に続き、チャイルディッシュ・ガンビーノが8月にリリースしたのがEP『Summer Pack』だ。ここに収録されている「Feels Like Summer」のMVは、ジャスティン・リッチバーグのイラストを元に全編アニメーションで作られている。夏の終わりの夕暮れ、住宅街を家まで歩くチャイルディッシュ・ガンビーノ。この住宅街は、西海岸のLAサウスセントラルを舞台にした映画『ボーイズン・ザ・フッド』に出てきそうな架空の街並みで、ここには現役のラッパーを中心に総勢60人が暮らしている。トラヴィス・スコットに積み木を崩されムスッとするニッキ・ミナージュは、ラップゲームとBreaking Game(積木崩し)をかけたオマージュだろうし、楽しそうに暮らしている。熱い夏に対してのうんざりした気持ちと共に人口増加やそれに伴い起こるかもしれない水不足の問題などを世界的な視点をコミュニティという小さな社会と共に描くことで生活という二文字で訴えてくる。ここでも彼は温暖化による気候変動はないとする大統領ドナルド・トランプと対立していることが分かる。

この曲には他のメッセージも込められている。それは、ホイットニーヒューストンやフレッド・サンタナなどのドラッグの過剰摂取により亡くなってしまった彼らに象徴されるように黒人コミュニティにあるドラッグ問題の根深さだ。ドラッグ・ディーラーになるか、NBAプレーヤーになるか、ラッパーになるかしかないと言われる貧困層にとって身近な存在であることの問題。そこにある差別構造に対する諦めに似た嘆きにも聞こえてくる。しかし、最後の一節で、世界が変わるのでなく、私たちが変えるという能動的な一文に変化していること、そして、マイケル・ジャクソンの笑顔。ここに彼の理想とする社会の在り方が見えてくるのではないだろうか。「This Is America」ではSNSで衆目に晒された差別の実態を描き、「Feels Like Summer」では牧歌的な虚構のコミュニティを描いたという点で対を成しているが、そこには共通した差別に対する問題意識が見えてくるのではないだろうか。知らんけど。

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