【コラム】フリッパーズ・ギターとヴェイパーウェイヴ – For Tracy Hyde管梓との対話から

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For Tracy Hyde: Born To Be Breathtaken

For Tracy Hyde
Born To Be Breathtaken
自主制作, 2014年
BUY: ライヴ会場限定

映画『ソラニン』のロケ地にもなったライヴハウス新宿MARZ。その日のイベントに所用で訪れた私は2人の男と待ち合わせた。今後の取材についての打ち合わせだ。一人はジャパンタイムズやガーディアン紙で執筆しているライターのイアン・マーティン。話し合うべき本題以外にも、いちいち出演バンドを批評したがる彼。後から現れてイアンに流暢な英語で切り返したのはもう一人の男、ネオ・アコースティック・バンドFor Tracy Hydeのギター、メイン・ソングライターの管梓(すがあずさ)だ。イアンとの話があらかた済んで彼が下のフロアに降りて行った後は彼との話があった。

「さすが英語うまいですね」。「アメリカ育ちですから」。静かに笑う横顔から少し寂しさを感じる。そんな彼の創る音楽にはドリーミーな響きと、深海から届くような深く昏いリヴァーブが共存している。マッドチェスターと書かれたTシャツを着た彼は、好みのバンドでは楽しそうに身体を揺らす。多くの音楽を聴き、あくまでリスナー気質な彼の姿勢は、イアンや、ピッチフォークのライターパトリック・マイケルといった欧米人からも称賛されている。海外での評価と国内での評価は必ずしも正比例しない。きゃりーぱみゅぱみゅやパフュームのような例もあるが、BorisやMELT-BANANAのように海外では大規模なツアーをこなすのに日本では数箇所のライヴハウス公演のみというケースもある。イアンと話していたそんな話をふると、管梓は「難しいですよね」と嘆息をもらす。海外、国内、双方への戦略をしっかり意識しているのだろう。

イアンも常々主張しているように、海外メディアに比べて日本のメディアは売れる特定のものを紹介している場合が多い。イアンも管梓もそういった偏見からは自由だ。その日初めて観たバンドのCDを買って嬉しそうに笑う管梓の姿には無条件に好感を持った。彼にDJミックスCDをプレゼントした。89年にレコード会社が共同でCD普及キャンペーンの一環として配布したもので、ソフトバレエやカステラに交じってフリッパーズ・ギターも収録、デビュー当時の写真とプロフィールが載っている。それを観て彼は顔をほころばせ、大事そうに鞄にしまう。

「80年代の曲のミックスってヴェイパーウェイヴみたいじゃないですか?」と管梓に問うと、「ええ、ヴェイパーウェイヴはかなり80年代的な色合いの濃いジャンルだと思います。実際サンプリング・ネタとして80年代の日本の歌謡曲やCMを使っているので。逆に日本の歌謡曲がヴェイパーウェイヴ的に聴こえたり。そういえば以前リハスタのロビーでムーディーな歌謡曲が流れていて、すごくヴェイパーウェイヴっぽいと言ったら、ベースのMavに突っ込まれました。素直に『しっとりした良い曲』とか言えって(笑)」。

「フリッパーズのようなサンプリング感覚が作曲の根底にあるのでは」という問いに、その意識はかなり強いと管梓は断言する。「自分の構想を具現化する上で必要であれば、容赦なくよそから持ってきますね。例えば他の音源から素材を持ってくる文字通りのサンプリングであったり、あるいはフレーズや編曲、音像等を漠然と参考にするイメージ・サンプリング的なものであったりしますが」。

さらに管梓の話は自身のルーツに及ぶ。「サンプリングを始めたきっかけはおっしゃる通り、フリッパーズやピチカート・ファイヴ、Harvest等の渋谷系アーティスト、あるいはウォッシュト・アウトやMonster Rally、ザ・アヴァランチーズ等の昨今のインディー・ミュージックです。ある時代の音源からのサンプリングでしか出せないニュアンスや質感というのは間違いなくありますし、様々な時代から持ってきた素材を同居させて、違和感や意外な相性を楽しんだり」。

静かな印象の彼だが自分の信念についてとなると饒舌に語り出す。彼のソロであるチルウェイヴ・ユニットShortcake Collage Tapeの新曲も良かったと伝えると、今まで語ったことはまさにソロ作にこそ色濃く反映されていると語る。「リスナーとしてのバックボーンが素材選びに反映されるのもサンプリングの面白味ですね」とも。

フリッパーズ・ギター: Camera Talk

フリッパーズ・ギター
Camera Talk
POLYSTAR/felicity, 1989年
BUY: Amazon MP3 & CD, iTunes Music Store

フリッパーズ・ギターは過去の優れた曲の素材をあくまで平等に配置し、時間、空間を超えた彼ら独自の世界観を確立させた。それは盗用ではない。素材の使い方にこそ彼らの強烈な自己主張がある。私は管梓のヴォーカルが好きだ。その前提で、彼がラブリーサマーちゃんを新しい女性Vo.として起用したのは正しい選択に思える。彼にはどうしても自分で歌いたいというエゴはなかったかもしれないが、様々な素材を利用する楽曲のなかで、素材の一つとして女性ヴォーカルを用いるのは、管梓ならではの表現だと言える。もちろん彼が彼女をミュージシャンとして尊敬しているからこそ成り立つ話だ。そして素材となった過去の音楽それぞれにも深い敬意を抱いている。

「君は、かつて素晴らしかった、今は失われた何かを再構築しようとしているのではないか。眠り姫、死んだ恋人を目覚めさせるように。あくまで自分の信じる“今”の感性を吹き込むことによって」。そんな質問が喉まで出かかったがやめた。あまりに感傷的だからかもしれないし、聞くまでもないからかもしれない。

Childhood: LACUNA

Childhood
LACUNA
RALLYE, 2014年
BUY: Amazon MP3 & CD, iTunes Music Store

いつのまにかバー・カウンターに居たイアンは、他の知人客に対して「理想の音楽を求めて47都道府県を巡りたい」と熱く語っていた。その左手ではビール缶が力強く踊る。高円寺で飲み直すという彼、そして学業のある管梓と別れ、私は新宿駅に向かった。その日買ったチャイルドフッドのアルバムを聴きながら。60’sガール・ポップなメロディーから、USインディー、シューゲイザー、チルウェイヴ、様々な風味の曲が併存する。どこか梓君の楽曲に似ている。アルバムに統一感を与えているのはどこか遠い異国、だけれど懐かしい場所へのノスタルジー。帰り道、ふと気づいて振りかえればコマ劇場跡地は工事中だった。らせん階段の先、90年代に様々な名演奏が繰り広げられた新宿リキッドルームも今はない。

ライヴインフォメーション

Flower Children Vol. 01 at 渋谷LUSH
2014年8月10日(日)
adv¥2000 door¥2500 (+1drink)
open18:00 start18:30

Live: For Tracy Hyde、Boyish、Monochrome Chocolate(大阪)、The Ships(名古屋)、夜明ケマエ