【マーガレット安井の日々の泡3】何者になれない私がMISOJI CALLINGで救われた話

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最近あまり調子が良くない。3月に入ってからであろうか、得体の知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけているのだ。そのため文章を書こうにも手はつかず、以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、楽しかった小説も興味を引かれない。いつものように通っているライヴハウスで好きなバンドのライヴを観ても全く心が躍らない。どのバンドも演奏は確かに素晴らしかったし、以前ならばお酒を片手に楽しんでいたんだろうが、今の私は時が経つにつれて居た堪れない気分になってくるのだ。ライヴハウスからの帰り道にどこか遠くの知らない土地に行って、出来れば旅館なんかに泊まって綺麗な布団と糊のきいた浴衣を着て横になりたいと思うが、現実は本とCDが散らばった汚い自分の部屋で明かりもつけず一日を過ごしている。

そんなある日、私は去年参加して楽しかった〈MISOJI CALLING〉というイベントが今年も開催されると知り、そこへ行けば不吉な塊から解放されるのではと思い観に行った。大阪出身のナードマグネット、craft rhythm temple、The denkibranの3バンド主催するライブサーキットイベントであり、3年目となる今年はDJイベント〈Rock’n Roll Birthday〉も企画に参加している。主催するバンドが良いと思ったバンドをブッキングするこのイベントであるが、名前からもわかる通りアラサーのバンドマンたちが、他のサーキットイベントに比べると多く出演している。それはこのイベントが30代になると内にこもってしまうバンドが多い中で、外へ発信しているバンドがいることを示したいという事、そして今がんばって外へ発信している若いバンドと一緒にライヴする事で自分たちも刺激になるという事で開催されたという経緯があるからだ。(より詳しい経緯はこちらを参考にしてほしい(MISOJI CALLING 2015 特別対談1)。

ちなみにこのイベントのもう一つの特徴は、主催の3バンドに関しては転換時間に余裕があり、どのバンドも最後までもれなくライヴが楽しめるようになっている。私も3バンドのライヴを全て見たが、個人的にはこの3バンドのライヴが〈MISOJI CALLING〉のハイライトであった。

極力MCを控え、演奏に徹したThe denkibranは、ザ・ビートルズやザ・フーの1960年代のUKロックを咀嚼しながらタイトに、時にエモーショナルに奏で会場を沸かせていた。キャパ300人程度の会場が観客であふれかえり、人気のほどをうかがわせたナードマグネットはまるで青春映画を観てるかの如く甘酸っぱく、胸を熱くさせるようなパワーポップで観客を魅了。そして大トリを任されたcraft rhythm templeはロックだけでなくソウルやジャズ、フュージョンなども吸収したサウンドで会場を掌握し、会場は熱気に包まれた。そんなライヴの最中ボーカル古迫健太の言葉に僕はハッとした。

「みなさん好きな事やっていきましょう。いくつまで出来るか分からないけど、やり続けましょう。」

その一言を聞いて不吉な魂は氷解して肩の力が抜けた。不吉な塊、不吉な塊とは言ってはいるが正体くらい薄々感づいてはいる。気付かないふりをして、目を背けていただけなのだ。私は辞めようと考えていたのだ、音楽について書くことを。

『ki-ft』にて音楽レビューやコラムを書いてかれこれ4年が経つ。当初は「いつかは大手の音楽メディアで文章書けるかも」なんて淡い期待を抱いたりしたが、そんな日々は一向に来る気配がなく、CDをたくさん買ったり、色々ライヴを観ていたりするぶん出費がかさむ。音楽のために費やしている時間をバイトしたりした方が収入は増えるし、資格取得のために勉強した方がよほど自分の身になる。フェイスブックを見れば同級生はみんな結婚して子供を育てつつ良いパパ、ママのばかりだ。何者にもなれない、今の私。子供の頃に思い描いていた姿とは程遠い、今の私。「今まで何やっていたんだろう。」そんな事を考えだした時からだ。この不吉な塊が心を締め付け始めたのは。

しかし私は大事なことを忘れていた。本当にやりたかったことは“自分が大好きな音楽を色んな人へ伝えたい”ではなかったのか。音楽が好きだからこそ、誰かに伝えたいからこそ、今まで文章を書いてきたのではないのか。古迫健太の言葉はいつの間にか「何者になりたかった」という方向へ意識が向いてしまっていた私に初心を思い出させてくれた。「好きな事やっていきましょう。」その一言を聞くために今日1日があったように思えたし、そしてこれからも文章で伝えていこうと決心した。

この1日の体験があり、いま私は文章に書いている。もう他人の事は気にしないし、何者になろうとも思わない。自分は自分にしかなれない。この姿でこれからの面白いと思った音楽を書いて伝えていく。なにかを伝えない限りは何もしていない事と同じなのだから。