【関西ヴィジュアル系シーンを読む】第4回 Purple Stone

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Purple Stone『赤と青 (Type-A)』

Purple Stone
赤と青 (Type-A)
CRIMZON, 2017年
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【関西ヴィジュアル系(以下V系)シーンを読む】第4回は、前回の〈KANSAI ROCK SUMMIT〉の稿でも取り上げたバンドPurple Stoneを紹介します。

8月23日、彼らのファースト・フル・アルバム『赤と青』が発売されました。大阪を拠点に活動を始めてから4年、初のフル・アルバムとなる本作は、これまでに発表されたシングル曲やカップリング曲(再レコーディング含む)に加え、過去に無料配布や会場限定販売された曲と、新曲が加えられた仕様です。ほとんどが、既発表曲ではありますが、不思議なことに、こうして彼らの歴史をアルバムという形式で捉えてみると、前回の連載で紹介した、ステージ上でのエンターテイメント性溢れる楽しいバンド像とは全く別のPurple Stoneの顔が浮かびあがりました。そこで、今回はその部分に焦点をあて、改めてPurple Stoneについて紹介したいと思います。(※なお、アルバム『赤と青』はType-AとType-Bで、収録曲が異なります。本稿では主にType-Aについて述べます)

さて、その前に、まずはPurple Stoneのプロフィールを紹介します。2013年、それまで約10年に渡り関西のV系シーンを牽引してきたインディーズ・レーベル、UNDER CODE PRODUCTIONが解体したその年に、大阪に新たなV系レーベルRozettaとCRIMZONが誕生しました。Purple StoneはCRIMZONに所属し、メンバーは、Keiya(Vo)、GAK(G&Prog)、風麻(Ba)の3人でドラムは不在です。ですが、むしろそれこそが、音楽面での彼らの個性です。Purple Stoneのサウンドは、基軸こそゴリっとしたリフのヘヴィなロックですが、打ち込みが多用されることでEDMとも融合しています。歌も、シャウトもすればラップもありで、ミクスチャーな趣ですが、サビでは覚えやすくキャッチーなメロディラインが光ります。その、ミクスチャーでありつつ、メロディラインが光るという点は、たとえば、V系とはまた別のシーンにいるUVERworldやSPYAIRなどとも通ずるところがあるでしょう。

また、2016年以降のシングル作品、「パニックパニック!」、「ポイズンチョコレート」にいたっては、ポップさもかなり際立っており、振り付きのダンスを踊る、カラフルなMVを見ると、“カワイイ”という印象もあり、V系のもつ、クールジャパンのコンテンツという側面も積極的に利用しているようにも感じられます。

“カワイイ”、“ユーモアがある”、“間口が広い”、これらが彼らを表すキーワードだと感じていました。しかし、最新アルバム『赤と青』を聴いたところ、これまで私が感じていたそれらとは、全く違うイメージを抱くこととなりました。

例えば、次の歌詞に注目してみます。

孤独も 切なさもただ照らせ キラキラと
幻をただ愛しただけ
「ミラーボール」

廻りまわる 切ないほど まるであの日のメリーゴーランド
仮初の幸せが続くことはなく
「回転木馬」

桜が散るたび大人になる 心の穴を埋めながら
時を止めて隣に行こうとしても 君は笑わない
「sakura.」

叶わない願いを抱き傷ついている心、この幸せが続くことはないという諦め、あるいは、もうここにはいない誰かを想っていたりと、どこか寂しく、空虚な印象を受けます。更に、曲名である「ミラーボール」も、「回転木馬」も、煌びやかで賑やかなイメージと、その反面の、どこか夢のあとの虚しさを連想させますし、「sakura.」も無常さを思わせます。特に、「ミラーボール」の”幻をただ愛しただけ”というフレーズは、まるで、聴き手に向けられた言葉のようにも感じられ、ドキッとしました。V系バンドは、他の音楽家と比べても、その実態は謎で、素顔を隠して化粧を施し、派手な衣装を身にまとう浮世離れした姿は、素の彼らとは別の、いわば”虚構”の存在です。それは、”幻”と言い換えることもできるかもしれません。

ただ、一方で、そういう不確かなものを信じようとする意志も、本作からは見えてきます。

消えない願いを抱きしめてる いつかは真実へ 辿り着くから
Run away! Escape!
もう一度賭けてみる 逃げはしない 全ては My Blame
「BLAME」

抱えきれない情熱を 何度でもこの胸に宿しながら
ただアオイ闇の中 突き抜けていく
「アオイヤミ」

この2曲は、どちらも既発表曲ですが、本作に収録される以前に聴いた時は、真っすぐな決意の歌だと感じていました。しかし、本作の収録曲として聴くと、脆さや空虚さが内包され、それでも強く生きたいという願いに似た決意が宿っていることに気付きます。

そう、Purple Stoneというバンドは、力強く、ダンサブルなサウンドに、エンターテイメント性の高いステージパフォーマンスで、一見、享楽的で楽しいバンドに見えますが、歌詞や曲名などの言葉によって浮かび上がるのは、脆さや虚しさを抱えた、拠り所のない姿と、その弱さを認めたうえで、強くあろうと必死にもがく人の姿です。

そこでふと思うのが、そのような、強くありたいけれど自分の脆さや非力さから目をそらせなかったり、過去を断ち切りたいが、心の傷を引きずってしまうなどの矛盾は、V系の持つ特性なのではないかということです。先にも述べましたが、V系バンドというのは、化粧をし、派手な衣装を着て、素顔を隠し、浮世離れの存在を自ら演出している人たちです。しかし、どうしてか、私はあの虚構の姿に、この上ないリアリティを感じます。それは、あの姿が、彼ら自身の脆さや、心の空洞と向き合うための戦闘服だと思えるからです。つまり、あの一見近寄りがたそうな見かけの中に、弱さを見つけ、強くあろうとする人の姿を見ることができるのです。そして、私は、V系のそういう部分にどうしようもなく親近感を抱きます。

本作から伺えるPurple Stoneの姿も、まさに、そういうV系の特性を強く感じさせるものでした。EDMを取り入れた煌びやかなサウンドで間口を広げ、ラウドやミクスチャーなど、音楽的にはV系以外にもたくさんの接点を持ち得ているけれど、どうにも楽しいだけでは済ませられない、脆さや虚しさを表現せずにはいられず、歌詞ではとことん正直に誠実に、己の中の悲しみや弱さと向き合おうとする。「ミラーボール」の一節、“幻をただ愛しただけ”のフレーズも、突き放しているようで、実は、それでも信じてくれるのか?という予防線にも捉えられますし、たとえ幻でも、愛さずにはいられないという人の性も感じさせます。それは、ステージでの自信に満ちた彼らの姿とは全く違う、アルバムを通して見えてきたPurple Stoneの新たな一面です。そして、更に面白いのは、その一面が、V系の本質を捉えているようでもあることです。今後も注意深く、その動向を見守りたいバンドです。