【インタビュー】花泥棒

花泥棒
Interview
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花泥棒、東急山下駅前にて
花泥棒、東急山下駅前にて

正直言って順調なことが、バンド内ではこれまで全くなかったかなぁ。

──曲も作りを進めていって今もやっている曲の中で最初に出来た曲はなんだったのですか?

2回生の終わりに出来た「生活」(『ドーナッツ』収録)って曲ですかね。単純に評判がわりとよかったのと、初期衝動的に言いたいこと言えているところは好きですね。でも曲が5分半と長かったり、ちょっと色んな拙さが見えたりするから、正直ライヴでは最近出来た曲の方がしてぇなぁって気持ちはあります。

花泥棒: ドーナッツ
花泥棒
ドーナッツ
まどぎわレコード, 2012年
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──あの2本のギターリフの組み方は変わってますよね。

あの頃は何も知らないからあんな感じになったってのもあるでしょうねぇ。

──そこから着々とライヴも重ねていって、昨年はボロフェスタ出演など、順調な活動のように見えていたのですが。

ちょっとずつ名前が広がっていったことで言えば順調だけど、正直言って順調なことが、バンド内ではこれまで全くなかったかなぁ。そもそもメンバーの変遷がすごく多くて。最初組んだ4人で、ライヴハウスも出てそろそろ勢い乗ってきたかなというところでノズエ(G)が大学休学して、一年間海外で旅人になるってこと言い出して“え~いなくなんの?”って。だから曲を全部3ピースアレンジにし直して。今なら未だしも、当時はまだ僕のギターがガンガン下手なのでめっちゃ時間かかってしまって。そして3ピースにちょっと慣れてきたかなって時にノズエが帰ってきたのでまた4人に戻して。そしたら就職のタイミングで前のドラムが抜けて。その後ドラムはサポート何人かで転々として、ドラム変わるごとに0からバンドを作っていく作業が繰り返されましたね。そのサポートもいない時期もあって、半年間ほどライヴが出来ない時期もありました。ライヴが出来ないなら音源作ることくらいしかできないなと思って作ったのが『ドーナッツ』(2012年)です。

──かなり苦肉の策として出した1stだったんですね。『ドーナッツ』のレコーディングはいかがでしたか?

初めてのレコーディングだったので本当に手さぐりで。本当は事前にレコーディング用のアレンジを考えるプリプロもやるところなんだけど、わかんなかったから、録音のスタジオでこの方がいいんじゃないって考えたりして、時間がかかって、お金もかかって。結構カツカツの中、このテイクでいくか…って感じで。本当はこっちの機材も使ってみて…とかもあったんですけど。今思えばもうちょっとエンジニアやってくれたスタジオ『SIMPO』の小泉(大輔)さんにもずけずけ言えたらよかったなって思いますね。

──確かに『ドーナッツ』と翌年の『nagisa ep』(2013年)を比べたら『nagisa ep』の音の良さを感じますね。

レコーディングのやり方がわかってきたというところがデカいですね。

──その後ドラムメンバーは?

そのリリースのタイミングくらいから、レコーディングを手伝ってくれたサークルのドラムの子がライヴもやってくれることになったんだけども、しばらくして東京に引っ越されて…。

──なかなか固まらないですね。

そこで2013年の春に今の寺田(Dr)が入ってくれて、そこからようやくガツっとやれましたね。

──寺田さんはどのようにして見つけてきたんですか?

最初はお客さんとして来てくれていて。喋っていたら“実はドラム叩ける”と言い出して。「ドラム探してるの知ってるだろ! 早く言えよ!」ってなってスタジオ入って一緒にやってみたら結構いけそうで。

──結成は早くても、編成が固まったのは昨年なんですね。

歴は長いんですけどね。ノズエとオカザキ(B)の2人は就職してたんだけど、バンドとの向き合い方で色々と違いが出てきて、このままだとバンドがっつりやれないなというところで、今回辞めちゃって。だから本当に同じ編成でがっつり活動出来たことがなくてあんまり順調ではないですね。

──メンバーが固定しないと曲作りとかも難しくなりそうですね。

後半はそこまであいつら2人も曲作りにがっつり入ってこれない状況になっていて、ほとんど僕が決めていたので。それはあんまりバンドとして回ってないなと感じていましたね。

<上京について>フットワークが軽い時なんて今しかないので、最後のチャンスだと思って。

──そして今回の『daydream ep』となるわけですが、その前に2人の脱退と、稲本さんの上京ということがありました。これはどちらが先なんですか?

2人が辞める方が先ですね。今年の1月に決まって(5月のライヴを持って脱退)。しばらくは京都でメンバーを探してたんだけど、見つからなくて。困ったなぁと思っていた5月くらいに、バンドの先輩と話していて“東京行ったら?”みたいな感じで言われて。フリーターでなら東京でやった方がきっかけも多いしってことで。でもせやなぁと。仕事があって京都からは動けない寺田はいるけど(7月取材当時。8月に脱退)、変な話フットワークが軽い時なんて今しかないので、最後のチャンスだと思いまして。また年齢的にもこれが最後のチャンスだなと。これ逃したらゆくゆく後悔するなぁと思って行くしかないとなりました。

──では今回の上京の目的はメンバー探しと、きっかけづくりと。

うん。メンバーを探しながら、東京だと色々なきっかけが多いと思ったのでバンドもやりやすくなるのでは? と。東京でやってみたいという憧れは前々からあって、漠然と考えていたことではあったのですけど。

──でもそのようないわば上京ドリームみないなものを持っているのって、意外と最近のバンドではいないというか、特に京都のバンドは。

確かに。十分京都でやれるもんなぁ。

──ここ数年京都の音楽シーンにも徐々に注目が集まって、京都音楽博覧会やボロフェスタもあって音楽文化もどんどん育ってきて。バンドマンの活動が東京に出ずともそこそこ成り立ってしまう部分があると思うんです。でも東京を選んだということで、稲本さんは京都のシーンをどのように見ているのでしょうか?

京都は正直かなりバンドやりやすいんですよね。ライヴハウスのノルマって日本中どこでもあるのが普通なんですけど、京都ってそれがあるところが少なくて。良くも悪くもバンドに優しい。もちろんそういう人のスタンスを悪く言うわけではないけど、仕事しながらたまにライヴしようかなという感じでも全然やれちゃうし。狭いからみんなすぐ仲良くなっちゃうし。だからなんか言い方あれだけど、野心をすごい持ってなくてもやれちゃう環境にあるので。それはありがたいことだし、そういうやり方を否定するつもりもないし、将来的に自分がそうなってもいいけど、今、自分はそうなるべきじゃないなと思っていて。

──若い内は苦労しておきたいというか。

今の時代だとライヴ一回もしてなくても、話題になったりだとか、配信だけで関西にいながら東京で有名になれるみたいなこともあるし、東京で引っ越す必要はないのかもしれないです。でもやっぱりきっかけは多いなぁと思いますかね。

──それはこっち(東京)に引っ越してからも実感していますか?

音楽関係の方との出会いも京都の比じゃないくらい多いし、ライヴ一本見に行くだけでもすぐに色んな人と出会えて話がボンと進みますし。面白いことが転がっているのは東京だなぁと思う。京都はやっぱり限りがあります。

──じゃあメンバー見つけたら京都に帰るというのではなく、東京でしっかり成功していきたいという思いがあるのですね。

そうですね。サポート・メンバーはいるので、ライヴは全然出来るんだけど。

──その方は東京で見つけられたんですか?

そうそう。今、関西のライヴもギターとベースは東京の人と一緒に行っています。

──東京でやるライヴと関西でやるライヴの違いとかってあります?

どうだろう? まだサポート入れた東京でのライヴはしていないので。でもなんだろうなぁ。東京はいろいろ高いし、自分のライヴをお客さんは2,000〜2,500円ぐらい払って見に来てくれるので、“絶対に値段に見合ったライヴをする! 今日は何人動員する! 絶対150点のものを見せる!”という気持ちが必要だぞってことを改めて確認したところはありますね。こっちから関西にライヴ行くにしてもけっこうな交通費がかかるし、ライヴで物販なりCDなりで、絶対この分回収できるほどのライヴをする! みたいな意識は変わったと思いますね。

──これでやっていくという覚悟が変わったのですかね。

そうですね、当たり前のことだけどそれをあらためて確認できたのはよかったなぁ。

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