

はじめに
コミカルとシニカルが融合した歌詞に熱のこもるピアノ演奏。しかし、その歌声はビリー・ホリデイのような、どこか暗く虚無感に満ちあふれ、私の耳を惹きつけて離さない。気がつけばそのアーティストの音源を何度も繰り返し聴いていた。(葉山久瑠実『イストワール』のレビューより引用)
以前、このki-ftで彼女のミニ・アルバム『イストワール』を取り上げた時、作品のインプレッションを私はこう語った。この出会いから4年。あれから何度となく葉山久瑠実のライヴに通っているのだが、不思議なもので何度も観ているはずなのに今だに彼女が凛々しく歌う姿には新鮮な驚きと底知れぬ魅力を感じてしまう。そして葉山久瑠実のことを知れば知るほど「葉山久瑠実という人物が何者であるか?」とわからなくなってしまう。
そんなタイミングで発売された4thミニ・アルバム『レッツゴーあの世』を聴いて私は大変に感動した。それは本作がまさに彼女と言う人間を現した集大成的な作品であり、私が観てきた4年間を捉えたドキュメンタリーのような作品だったからだ。だからこそ、このタイミングで現時点における彼女の記録を残しておきたい、そして長年思っていた疑問を彼女へぶつけてみたい、という気持ちを掻き立てられた私は葉山久瑠実へインタビューを行った。
結果的にこのインタビューは葉山久瑠実と言うアーティストの歩みを記録しながらも、葉山久瑠実の活動をずっと追い続けた人にとっては彼女に対して抱えてきたいくつもの「?」に回答した内容になっているだろうし、最近になって葉山久瑠実を知った人にとっては彼女の音楽の秘密を探る最適なガイドになっているだろう。そして音楽を愛する人々~特に一人で曲を作り歌うシンガーソングライターにとって~このインタビューはきっと続ける事の大切さやヒントを教えてくれるはずだ。そう世間からよく思われることよりも、自分が心からやりたいことを見つけ出すことを。そして自分らしく歌っていくことのほうがずっと大切であるということを。(インタビュー・構成・編集:マーガレット安井)
第1章 葉山久瑠実、誕生する
「大学の時にギターをやるつもりで軽音部へ行きました。」
今ではピアノの弾き語りをしている葉山久瑠実であるが、そもそもはギターを弾きたかったと言う。彼女がギターを弾きたかったきっかけを知るには高校時代にまで遡る必要がある。小学生の頃までピアノを弾き、中学校では吹奏楽部に所属していた彼女は高校でも吹奏楽部に入る。ところが県内でも有数の強豪校であった事を知らずに入部した彼女は大きなストレスを抱え込む。
「部活では指導する立場にいた事もあって、とにかくしんどくて。そこで吹奏楽のストレスを発散する目的でギターを弾き始めました。ただ、それを学校で言える雰囲気ではなくて。朝から晩まで吹奏楽の事を考えているキャラみたいな感じで、私が『ロックバンドをやりたい!』とか言ったら、みんな笑うだろうなと思っていて。それに目立つのが絶対嫌で。吹奏楽部でもバスの方とかの花形とは縁遠い楽器をやってて、もしバンドをやってもフロントマンにだけは絶対なりたくないと思っていました。だから、、、今から思うとロックとかポピュラーに入ったのは完全に反動だったと思います。」
そして高校を卒業し、大学へ進学。ギターをするつもりで軽音部の門を叩き、新入生歓迎会に参加。しかしその歓迎会で行われたカラオケ大会で自分の歌が「めちゃくちゃ下手くそだった。」という事に気がつきショックを受ける。しかしそれが歌を始めたきっかけでもあったと彼女は語る。
「それまで楽器いっぱいやってきてて、最初は出来なかったけどそれなりにすぐ出来ていたものが多かったんですよね。でも歌だけは段違いに出来なくて。まあ歌って自分の中にある楽器じゃないですか。それが出来なかった事でプライドが傷ついてしまって。そこから練習を始めました。」
この頃から邦楽だけでなく洋楽も聴き始めKTタンストールのライヴ動画に衝撃を受け、本格的に音楽をやりたいと思いはじめる。ところがギターを志していた彼女は同時にピアノの弾き語りへとスタイルを変える。
「KTタンストールみたいなハスキーな歌声に憧れたんですが、なれずにここに行きつきましたね(笑)。あとギターで曲を作ったり、オケも作ったりしていたのですが、慣れないというかピアノの方が上手くいくなと思って。結果的に小学生の時以来弾いていなかったピアノを再開しました。本当はピアノ好きじゃなかったんで、やりたくなかったのですが(笑)。」
そんな彼女は最初はライヴハウスからのブッキングではなく、飛び入りとして活動をしていた。その飛び入りで参加していたライヴバーのマスターから声をかけられ、初めて他のアーティストとの対バンライヴに参加するのだが、、、
「最初、対バンライヴを予定していたのですが相手方がキャンセルして結果ワンマンライヴになってしまったんですね。もうマスターとスタッフの人しか聴いていなくて、たまたま店にいた人がお客さんになってくれたみたいな(笑)。でも最初っからワンマンだったんで『どうせなら月1でやってしまえば。』ってマスターに言われて。そこから月1回定期的にライヴをするようになりました。」
まさに彼女の「空っぽなライブハウス」のような状況がそこにはあったのだが、ここから彼女は正式にライヴ活動をスタート。高校の頃、目立つことを嫌がっていた女の子はアーティスト葉山久瑠実として誕生した。
第2章 葉山久瑠実、音楽を作る
さて本格的にアーティスト活動をはじめた葉山久瑠実だが、その楽曲の作り方はひらめきと感覚で満ちている。彼女は以前からライヴ等で「楽譜が読めない」という事を公言している。彼女にどうやって楽曲を作成しているのか、メモでも取っているのか?
「メモなんかないですよ。全部自分の頭の中にあります。」
それは頭の中に楽譜として存在している事なのか?
「あんまり分かってもらえないんですけどド、レ、ミといった音階で頭の中に入っていないんですよ。だから何の音弾いているかと言われたら、私もわからないんですよ。手の癖と言うか、その場で弾いて気持ちいいところに自然に指がいって、それを体が覚えているだけで。だからライヴごとに演奏が変わる事もありますし、その時に手が行きついた場所が全てですね。ただ、楽曲に関して最近はあまりに即興過ぎるのはいけないかなと思っているのでちゃんと考えたりもしますが、それまではピアノの事すら考えたことなかったですね(笑)。」
このサウンド作りにおける、ひらめきと感覚は歌詞作成でも活かされる。以前、インタビューで歌詞作りに関して彼女はこう語っている。
「作ろうって思って作れるものではないので。1番の流れが10分、15分でできたやつは続けてできるんですけど、1日2日かかったやつは、もうその先に行けないんです。なので、思いついて、そっからの15分ぐらいが勝負! っていう感じ」(RO69JACK 13/14 – 葉山久瑠実 入賞インタヴューより)
ところが最近の歌詞作りにはメモが欠かせないと彼女は語る。
「言葉がパッと思いついたらメモをしておくんですね。そこでメロディがついたら最高なのですが、まあそんなことはなくて。だからメモを何日も置いておくんです。そしたらある日それが勝手にメロディーと一緒に出てきて、それが曲になるって感じですね。だからできるタイミングが自分でもわからない感じで。もちろんそこから書き直しはするので思いつき100%ではないですけど、でも7割はひらめきですね。」
そんな葉山久瑠実の影響されたアーティストは小説家であった。
「根本には鈴木いづみがいると思います。私、初めて鈴木いづみの作品を読んだときに自分がいる!と思って。それ以来時間があれば彼女の小説を読んだりして、それに影響されて今に至ってますね。多分、私という人間を現している人物だと思いますね。」
鈴子いづみの文章はどれだけ暗くて重たい言葉を連ねても、限りなくシャープでドライな印象を持つ。また編集者の松岡正剛をして「いづみの舌には“言葉のピアス”が、3つ4つ光っていた。それは金色や銀色ではなく、黒色だった。」と評するくらい彼女の啖呵と毒舌の切れ味は絶品であった。そのように考えれば葉山久瑠実のドライに言葉を吐き捨てながら皮肉交じりに人間の心理を歌う態度は鈴木いづみに重なる部分もある。
「鈴木いづみ以外だと“曲作り”とか“ステージング”とか部門ごとに色んなアーティストを参考にしていますね。曲作りで参考にしているのはジャックホワイトだったりザ・ティン・ティンズですね。凄くシンプルで単純なピアノのフレーズとかは2組に習ってやっています。あとステージングはジェイミー・カラムとレディー・ガガを参考にしてます。特にレディー・ガガは以前ピアノの弾き語り動画を観て、観客のひきつけ方がすごく上手いと感じました。」
ライヴの前後に彼女と話をすると気さくに接してくれるのだが、ひとたびステージが始まると危うい魅力を観客に放つ。普通、弾き語りだと観客に対して正面を向いて歌うのだが彼女の場合は必ず側面を向けて歌い、さらには曲の途中で演奏を止めたり、突然休憩を入れ、演奏が終われば挨拶もサッとして無言でスタスタスタっと控室へ戻ってしまう。しかし以前からこのスタイルであったわけではなく、元々は正面も向いて演奏していたし、演奏後も観客に深々と挨拶をしていた。それを変える契機となったのは周囲からの反動であったと彼女は語る。
「以前は挨拶しないといけないとか、曲の間はこれだけ開けなきゃいけないとか、っていう意識が凄くあったし、周りから『こうしなさい!』とか凄く意見言われたりして、律義に全部聞かなきゃってすごい頑張ってたんですね。でも最近になってそういう意識が凄く自分の首を絞めているし『そんなのどうでも良いな。』って思って。だから今はライヴしている時が一番自由で気も使ってないです。おかげで『客を置いてきぼりにしてる。』ってよく言われますがね(笑)。」
第3章 葉山久瑠実、注目される
そんな葉山久瑠実を語る上で欠かす事のできない場所がある。大阪は谷町九丁目にあるライヴバーワンドロップである。

ほぼ毎日のようにシンガーソングライターが演奏を繰り広げているキャパシティー40人もいかない小さなライヴバーではあるが、過去には日食なつこや寺尾沙穂、青葉市子、そして中村佳穂といったアーティストも出演した事があるという。葉山久瑠実もまたこのライヴバーに何度も出演しているのだが、そんなワンドロップの出会いは最初から良好的なものではなかったと彼女は語る。
「最初あるアーティストさんからワンドロップで企画をやるから出ないかと言われて。でもその時は、マスターである森下徹さんは私に対して『何とも思わない。』って感じでした。ワンドロップに行く前に色んなアーティストさんから『とにかくマスターが怖いけど食らいついていけ!』ってすごい言われてたんでライヴ終わった後に『もう一回出してください!』って言ったんですよ。そしたら森下さんも試す意味で『良いよ。』って言ってくれました。 そっからですね。」
そんなある日、東京でライヴが決まったのだがちょっとした問題が起こる。
「ある日、東京でライヴが決まったんですね。でも東京でライヴするんだったら『物販があった方がいいよ。』って主催の方に言われて。そこで物販用にCDを作らないとと思ったのですが、どうやったらいいかわからなくて。そんな時に森下さんと話をしたら『録ってあげる。』と言ってくれて。この頃は森下さんのことは怖くて本当にレコーディングでも意見あんまり言えなかったですね。今は言いまくってますが。森下さんなしに私の活動はなかった、それぐらい重要な人物ですね。」
ここで録られた最初の音源こそ2012年に発売された1stデモ『終わりのはじまり』(現在は非売)である。これ以降、彼女の作品はこのワンドロップで録音し、マスターである森下徹氏がエンジニアとしてかかわっていく事になる。そして2013年、このワンドロップで録られた1stミニ・アルバム『なんにもない』がリリース。そしてここで収録された「バイトやめたい」が話題となりeo music try 2013では最終ライヴ審査へ、RO69JACK 13/14では入賞アーティストになる。
この「バイトやめたい」に関してRO69JACK 13/14で入賞した際のインタビューで彼女はこう語っている。
「たぶん1年ぐらいじゃないですかね……中島みゆきっぽいって言われる暗くて重ーい曲をずーっとやってて……ちょうど1年前ぐらいから、ちょっとコミカルなやつを作り始めて今に至るって感じ」
(RO69JACK 13/14 – 葉山久瑠実 入賞インタヴューより)
現に今の楽曲でも“コミカルさ”というのは葉山久瑠実の楽曲における一つのキーワードでもある。そしてこの路線変更の理由について彼女はこう語る。
「それも反動だと思うんですね。昔は陰鬱な事を院隠滅滅と歌っていたのですが、そうすればするほど別になる気になかったミュージシャンに例えられる事が多くなってきて。もちろん中島みゆきも好きですけど、『こういう風にみんな捉えるんだ。』って知った途端、初めて自分が行きたい方向が『こっちじゃない。』と気がついて。だから何か方向転換しなきゃって思って試行錯誤の一つとしてコミカルなものを入れてみようと思ってやり始めましたね。」
そして2ndミニ・アルバム『イストワール』を発売。順風満帆、ここからさらに華やかにアーティスト活動をするかと思った矢先。2014年の11月、彼女は音楽活動を休止する。
「この1年間は人として何もできない状態でしたね。本当にダメ人間で。今振り返ると『こいつヤバいな。』っていうメールとか、書いていることが闇に落ちている感じで(笑)。この間、掃除していたら当時のスケジュール帳が出てきて、なんかいっぱい色を使って予定もない日を囲んでいたりしてて(笑)。本当に、この頃に出来た人間関係全部ダメになるくらい、人間としてヤバかったですね。」
そして歌の事は一切考えなかったと語る。
「ピアノもろくに弾かないような状態で。もう別の道に行かなきゃと思っていて。映画ライターになろうとか考えたり、小説書いてみたり色々試してましたね。もう別の事で前を向かなきゃって思っていて。」
私自身この休止期間のことは今でも覚えている。この頃は休止をしながらもブログやTwitterは更新頻度は少ないながらもやっており、それを見ながら「もう、彼女のライヴを観る事は出来ないのかな。」とそんな事を考えていた。しかし2015年の師走のある日、このki-ftに葉山久瑠実から1通のメールが来る。その内容は「新しいアルバムが2月に出ます。」という内容と『いてもいなくても一緒だよ?』と書かれた音声ファイルであった。彼女は再び音楽の世界へ戻ってきたのだ。
第4章 葉山久瑠実、復活する
1年以上の休止を経て、彼女は2016年に1stフル・アルバム『いてもいなくても一緒だよ?』をリリース。そして5月からはライヴにも復帰。以降、今に至るまで精力的にライヴ活動を行っているが、1年以上の活動休止期間は色々な変化をもたらしたと彼女は語る。
「歌い方は変わりましたね。それまでは上半身というか首から上を物凄く無理させて発声していたんですけど、それでは物凄くコストパフォーマンスが悪いという事に気がついて今は意識を下に、お腹の方に持ってます。おかげで労力に対しての結果は凄く良くなったなって。あと休止する以前の曲を歌わなくなったとかはありますね。」
復帰以降、彼女はライヴで「バイトやめたい」とか「空っぽのライブハウス」といった過去の曲を一切歌わなくなってしまった。
「古い曲やったりとか、振り返るとかっていうのは余裕が出来てやるものだという意識があって、今はまだ振り返る気になれなくて。もちろん自分がやりたい事をやりながら古い曲をやってお客さんに喜んでもらうのも仕事だとは思いますが、古い曲をやるってリスキーな事だと思うんですよね。時期を間違えると終わりというか、その時の熱量を超えられないでやると今やっているパフォーマンスまで落ちたみたいな印象になる。どうしても作った時が一番熱量もあって、自分の気持ちも入っているものなので、もう少し時間をかけないと出来ないことかな、と今は思っています。」
この答えを聞いて気になったのが彼女の新しいアルバム『レッツゴーあの世』の中に収録されている「あたしの人生」という曲だ。この楽曲はそもそも活動休止前の2013年にライヴ限定で発売されたシングル『二色空木』の中に収録されており、現在のライヴで唯一やっている活動休止前のナンバーである。
「この「あたしの人生」だけは特別で。活動休止以前の曲の中でもこれは別格で気に入っているんですよ。ただリリースした当時全く話題にならなくって。知名度が今以上に無かったのもあるのですが誰の心にも引っかからないし、誰にも何も言われなかった事が悔しくって。でも、最近になって前のバージョンがYouTubeにあるので『あの曲の音源ないんですか?』っていう人がやっと現れて、『これは今がチャンスだ!』って思って入れました。」
そんな葉山久瑠実は2016年に片足ズボン(現在は黒川雄司として活動)とのピアノユニット「モスクワ・ダリ」を結成する。
彼女は以前にもTim Teddysというドラムとピアノのユニットをやっていたのだが、彼女はユニット、すなわち2人組で演奏する事にこだわりを持っていると語る。
「2人が良い理由は1対1ってごまかしがきかない感じがして。別に3ピースがごまかしているってわけではないですけど、3人だと和って言うか纏まっている感じが自分の中であって。2人だと対決している感じ、ぶつかり合っている感じがあって好きなんです。」
しかしバンドには興味がないと彼女は語る。
「バンドはないですね、全く。たぶんこれも反動だとは思うのですが、ずっと多人数の音楽をやってきたんですよね、吹奏楽で。なので多人数で音楽をやれるという事はわかったので、一人っきりでどこまでやれるのかって事を試したくて。その中でバンドでっていうのも一つの選択肢としてない訳ではないのですけど、今は興味がないですね。」
そして活動復帰をしたアルバム『いてもいなくても一緒だよ?』から約1年半後の2017年9月27日、彼女は集大成ともいえる4thミニ・アルバム『レッツゴーあの世』をリリースする。
第5章 葉山久瑠実の現在、そして未来
葉山久瑠実の新しいアルバム『レッツゴーあの世』。この作品はある日パッとこのタイトルを思いつき、テーマ主導で作られたミニ・アルバムだ。本作の作成は今まで以上にひらめきの連続だったと彼女は語る。
「今回は本当に運が良かったなと思っていますね。今回の7曲って今までチャレンジしたけど書けなかった曲が多くて。先程ひらめきで作るって言ったのですが中にはどうしても書きたい曲っていうのも時々あって。この中の数曲はどうしても書きたいと思って今まで何度も挑戦したのですが全く上手くいかず、ずっと眠っていたもので。でもなぜか今回アルバム作ろうと思った時に全部が同じタイミングでアイデアが出てきたんですね。あんなに上手くいかなかったのに何故かバア―ってひらめいてきて。」
そんなひらめきの連続だった彼女の本作。しかし音に関しては最近は少し考えるようになったようであり、『レッツゴーあの世』に収録されてある「生きちゃった」を例にしてこう語る。
「音に関してはこういう曲書きたいと思ったらそのジャンルを片っ端から聴くって作業があって。だから「生きちゃった」だとEDMを自分の楽曲に取り入れたいと思って、とりあえず今ヒットしているEDMを全部聴こうって感じで聴いていた時期がありましたね。」
去年、彼女と話をした時に「今年はEDMの年なんで、今はEDMを聴いています」と言っていたのだが、その頃はEDMと葉山久瑠実がどうしても繋がらなかったが「生きちゃった」を聴くとEDMが彼女の音楽として見事に昇華している事に驚く。具体的にいえばマーティン・ギャリックスとザ・チェーンスモーカーズが鈴木いづみと出会ったような楽曲がこの「生きちゃった」なのだ。そして本作の最後を飾るナンバー「愛において」は何故か“(アンコール)”という風に明記されている。
「これは「愛において」という曲が良い意味でおまけ感が強くて。この曲ってこれでもかって言うくらい普通のバラードなんで最初の6曲に挙げるのはちょっと違うのかなって。そのときに「遺言」の最後に拍手いれて、アンコール繋がるという絵が浮かんで。だったら7曲目はこの6曲と違う立ち位置として入れるのもアリかなって。」
そんな本作を聴くと各楽曲の主人公たちは希望はなく“喪失感”を持ちながら生きている様が歌われる。“喪失感”と言えば1stミニアルバム『なんにもない。』も同じテーマで作成されていたのだが、あの頃と今では“喪失感”に変化があると彼女は語る。
「今回のアルバム、キャッチーコピーとして“泣いても笑ってもバットエンドだったら笑ってバッドエンド”っていうのがあるんですよ。『なんにもない。』の時もバッドエンドだったとは思うのですがまだ嘆いていたというか、今回の方が腹をくくっているというか。まだ『なんにもない。』の時は年齢が若いというのもありますが、“どうにもならない事をどうしてもどうにかしたい”って葛藤があって。でも大人になるにつれて、“どうにもならない事はどうにもならない”とやっと腹を決められるようになってきて。
この話を聞いたときに“喪失感”を抱え込んで生きている様を本作は”希望への諦め”という形で表現されていることに気付かされた。しかしこのアルバム最後の曲である「遺言」(「愛において」はアンコールの立ち位置なので)は希望を諦める歌詞でありながら音はどこまでも凛々しく華やかであり、まるで失望の中に現れた一筋の光を私たちに見せてくれる。これには音と言葉の哲学があると彼女は語る。
「音と言葉でバランスはとっていますね。歌詞の方は「諦める」っていうのを忠実にやっていて救いも確かにないです。でもものすごく晴れやかな音に乗せることによって、そこで終わりじゃなくて“諦めたことで会いにいける何か”を表そうと思っていて。」
この言葉を聞けば無意識で出た『レッツゴーあの世』というタイトルも“あの世”という暗さと“レッツゴー”という明るさが共存しているという点で彼女の哲学から出た言葉だとわかる。また葉山久瑠実の今までの楽曲を振り返ると歌詞は凄く暗いのに、あえて明るいサウンドをぶつける事が多いのであるが、この作風は彼女の哲学だけでなく“ある映画”からの影響が強く反映されたと彼女は語る。
「中島哲也監督の『嫌われ松子の一生』の影響が凄くあって。あの映画って言ったら一人の女性の悲惨な一生じゃないですか。でも物凄くポップに描いているし、最後は笑顔で終わっていくじゃないですか。物凄い悲しいことを本人が笑顔でやるって最も感動出来る事なんだと思って。あれが最後、皆が泣いて終わったら感動しなかったなと思ってて。周りがむなしさを感じているのに本人が楽しんでいるというか、振り切っているのって凄く胸打つ事だと思って、こういう世界を私も作れたら良いなっていうのが、ここ数年のテーマみたいなものでもありますね。」
そんな葉山久瑠実、ひらめきとレトリックが合わさった『レッツゴーあの世』は現時点での集大成であると彼女は語る。
「正直、結構これが自分の中で物凄く良いものになった感があるのでいい意味で次あんまり考えていないですね。今まで試したことが一番うまくいって完成したというか。辞めるとかじゃないですけど、これで区切りはついたのかなって感じはありますね。まあサウンド面に関してはまだやりたい事はあるし、曲は勝手に出来てはいるので(笑)。ただ今までのやり方をちょっと変えないとな、とは思っていますね。」
今回、彼女の話を聞く中で葉山久瑠実を形成する重要なファクターは才能や技術ではなく“反動”であるように感じた。周りの潮流に流されることなく常に現状を変えていく、その精神が今の葉山久瑠実を生んだのだと今になり気がついた。たぶん彼女はこれからも今のスタイルに甘んじることなく進化していくであろう。インタビューの最後に彼女が語った言葉は、そんな葉山久瑠実の新たなる姿を予感させる。
「具体的にどうしようとは考えていないですが、どんどん形のない存在になりたいなとは思いますね。」
どうやら、まだまだ彼女から目が離せられないみたいだ。次はどんな音楽で驚かしてくれるのか。葉山久瑠実はいま新しいスタートラインに立っている。

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