【インタビュー】THE LOST CLUB, 清水隆史(OGRE YOU ASSHOLE, ネオンホール)

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THE LOST CLUB

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長野の音楽シーンに影響を受け、東京で結成されたエレクトロ・ギター・ポップ・バンドTHE LOST CLUB。ネオ・アコースティック/ポスト・パンクの影響を濃厚に感じさせ、80年代から90年代、そして今の架け橋となりうる音を鳴らす彼らに名古屋でのライヴ終演後にインタヴューした。合わせて現在OGRE YOU ASSHOLEのベーシストであり、長野ネオンホール創設者でもある清水隆史にも話を聞いた。(取材・文 / 森 豊和)

THE LOST CLUB: Rain e.p.

THE LOST CLUB
Rain e.p.
自主制作, 2014年
BUY: discography – THE LOST CLUB

──ライヴ素晴らしかったです! 第一印象として、ザ・スミスやジョイ・ディヴィジョン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、あるいはギャラクシー500といったバンドを想像したのですが、特に皆さんが影響を受けた、あるいは好きなアーティストは誰でしょう?

高木: ありがとうございます。今挙げていただいたバンドもメンバー共通して大好きですが、4人のメンバーが1つずつ異常な愛情を注ぐバンドを挙げてみます。

山口(G. Vo.):フェルト「ローレンスの声って時々、美輪明宏に似てる。でも好き!」

高木(B.):オレンジ・ジュース「いつまでも煌めきを失わないところが好きです。」

上田(Key.):クラフトワーク「ロボットがステージに上がるとこがいいです。」

多田(MPC):パブリック・イメージ・リミテッド「初期のメンバー、一人一人の存在感に無条件に惹かれます。立ってるだけで絵になるところが最高です!」(注:MPCとはサンプラーの名前。リズムマシーンの音をMPCにサンプリングして手打ちで叩いて生演奏しているという。実際にライヴでも演奏する立ち姿は絵になっていた)

──4バンドとも私も好きです。直接、音楽に反映されているわけではないけど凄くよく分かる気がします。

高木:僕は岡村詩野さんの文章でネオアコ以降の音楽を漁ったんです。岡村さんは先生です(笑)。

僕たちにとって長野はすごく重要でした。毎日が刺激的で影響はかなり大きかったと思います。

──(笑)。では次にバンドの成り立ちを教えてください。

高木:上田くん以外の3人は長野に住んでいた頃、ライヴ・イベントを通じて知り合いました。ちなみに当時の山口くんのバンドSmooth3のドラマーだったのが現OGRE YOU ASSHOLE(以降オウガ)の勝浦くんです。P-HEAVYも彼女達がバンドを始める前からの友達です。ツイン・ギターとドラムのスリー・ピースで曲によって楽器を交代するというユニークな形態で衝撃を受けました。東京に引っ越してから、山口くんは宅録ソロでLOST CLUBを名乗り始めて、2008年にはそのP-HEAVYのリミックス・アルバムをLOST CLUB名義で手がけています。(注:P-HEAVYは活動停止中だが、中心人物の藤沢ちふみは松本でasunaという金沢在住のアーティストと共に、『nami to kami』というイベントを不定期に企画。来日ミュージシャンの招聘にも協力する他、新しい試みも模索中とのこと)

山口:その後しばらくしてから、オウガのライヴの打ち上げで、愛知県立芸術大学出身の上田くんと友達になりました。2010年に長野でのイベントに誘われたことがきっかけでバンドを結成します。

──P-HEAVYもとてもかっこいいバンドですよね。長野での生活、そこでの音楽コミュニティーでの経験があなた方の作る音楽に影響を与えたのでしょうか?

山口:大学に入って間もなく、勝浦くんとSmooth3というバンドを始めたのがきっかけで、『クレイジー・リズム』の牧野さんやP-HEAVY、そして『長野ネオンホール』を運営していた清水さん、桜井さん(The End)と知り合えて「こんな人たちがいるんだ!」ってビックリして本当に楽しい時期でした。特に『クレイジー・リズム』では憧れのKレーベルのアーティストと共演できたし貴重な体験でした。僕たちにとって長野はすごく重要で、毎日が刺激的で影響はかなり大きかったと思います。

高木:レコード屋巡りも、かなり熱心にやってたね。『ほんやらどお』とか!

多田:そうそう。私は『上田デパート』(上田市にあるレコード店)が好きだったなあ。

山口:県道沿いのリサイクル・ショップなんかも、狙い目だったね(笑)。

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