

長らくお待たせ致しました。
会場でお会いしましょう。
彼女がTwitterでツイートしてからこの日をどれだけ待っていたか。ゴールデンウィーク明けた5月10日の火曜日。大粒の雨が降る中、私は梅田シャングリラへと足を運んだ。彼女の、そう葉山久瑠実のライヴを観るために。

葉山久瑠実といえば以前、当サイトの『いてもいなくても一緒だよ?』のレビュー内でも語った通り、顎関節症の悪化により約1年半ライヴ活動を休止していたのだが、復帰ライヴをするという。今回の演奏には最新アルバム『いてもいなくても一緒だよ』にコーラスで共演した、最悪な少年な前海修弥や楽曲提供も行った片足ズボンのほか林青空、おおたえみりといったアーティストが参加し、彼女の復帰に華を添える。
雨で濡れた折り畳み傘をしまいつつ会場へ入ると、既にトップバッターである前海修弥がギターを片手にエモーショナルとニヒルを入り混じったハイトーンヴォイスを会場に響かせ、同じくギター弾き語りで登場した林青空はときに可愛らしく、ときに感傷的に女の子の深層にある感情を声に出していた。2アーティストが終わり、ステージ上にはピアノが準備され、続いて登場してきた片足ズボンはジャズやクラシック、現代音楽といったエッセンスを取り入れ、愛する成海璃子へ「な・る・み・り・こ」の言葉だけを使った歌や殺し屋の彼女に尽くす彼氏をテーマにした楽興を披露し、会場からは思わず笑みが零れ出た。そして、キュートで甘い歌声のおおたえみりは想像できない角度から対象物を切り取った歌に僕は舌を巻いた。
楽しかったライヴも大詰め。ラストに出てきたのは本日の企画者であり、私が一番観たかった葉山久瑠実である。それまでの歌い手が観客と面と向かって対峙していたのに対して、彼女はピアノの方向を真横に向けて、最新作から「よしよしなでなで」や「死んじゃえばいいのに」といったナンバーを披露。シニカルとユーモアを交えつつ、女性の心の機微を空虚に見つめた歌が場内に響く。

中盤ではトップバッターに出てきた前海修弥が登場。「本当の私」を披露し、会場限定で無料配布された、有名人を陰で支える女の歌「内助の功」と、ビートルズの中で“あと一人誰だっけ?”となる人物に焦点を当てた「ジョージ・ハリスン」といったナンバーも披露し、会場を沸かせていた。このような光景を見ながら、「もしかすると、今日集結したゲスト達は葉山久瑠実のなれなかった姿ではないのだろか?」と考えていいた。
「私にないものを持っているから」
林青空はライヴ中のMCで葉山から今回のライヴ・オファーを受けたときの経緯をこのように語っていた。確かに今回集められたアーティストたちには、葉山にないものを持っている。感情的な歌であったり、キュートさというものは葉山の歌からは感じられないし、もっと言えばそういうものから距離を置く歌い方であるように感じる。しかし、前海修弥の持つ空虚さ、林青空の女性の深層をえぐる言葉、片足ズボンやおおたえみりの普段の視点の切り取り方というものは葉山久瑠実と共通する部分でもある。
“共通する部分”と“そうでない部分”を合わせ持つ人物。それは言いかえると葉山久瑠実という人物が成り得た存在であったのではないだろうか。最後に彼女は「一番古い曲をやります」といい1stミニアルバム『なんにもない。』から「彼と彼女」を披露したが、それはもしかしたら可能性があった自分の姿を確認した上で、改めて原点を見つめ直すという意味だったのかもしれない。
「しあわせ売り場」というの名の“始まりの場所”自分というものを確認した今、葉山久瑠実はこれから新たなる物語を紡ぎ出していく。

いてもいなくても一緒だよ?
dont care records, 2016年
BUY: Amazon CD,