【ライヴレビュー】祝春一番2016
- By: 峯 大貴
- カテゴリー: Live Review
- Tags: To Tell The Truth, いとうたかお, ハンバートハンバート, リーテソン, 加川良, 大塚まさじ, 有山じゅんじ, 渋谷毅, 福岡風太, 豊田勇造, 金佑龍


年明けと同時に起こった音楽界におけるレジェンドの訃報とゴシップのパンデミックは我々の情報処理能力をパンクさせ、季節の移ろいの体感を止める最も有効な方法として機能した。我々SNS情報過多世代に対する2016年からの挑戦には、現在5月にしてすでにうんざりしつつあるが、なんとか夏を受け入れられる体制が出来たか。ご褒美とばかりにひたすら快楽的なフェス・イベント関連情報が溢れてきて、ようやく浮足が立てるようになったここ数週間でございます。拡大しすぎたフェス文化をまとめるサイトも最近数多く登場し、フェス飯・フェス泊・フェスグッズと新たなフェスの楽しみ方を考察している拡大具合もまた面白い。
そんなフェスシーズン第1陣のゴールデンウィーク、今年も大阪の服部緑地野外音楽堂では5月3日(火)~5月5日(木)の3日間に渡って〈祝春一番2016〉が開催された。1971年に第1回開催、1979年を最後にしばらく休止していたが1995年に復活し今回31回目を数える大阪の風物詩的野外コンサートである。主催者である福岡風太はいわゆる〈ウッドストック〉に影響を受けた第一世代にあたり、近年の〈フジロック〉を起源としたフェス文化隆盛のはるか前から存在しているが、違いは歴史的なところだけではない。演者のラインナップがそのイベントの魅力付けの核となることが一般化した、現代のフェス乱立時代の中で希薄となってしまった“主催者側の信念”こそが最も前面に出る形の野外イベントなのである。もっと言ってしまえば春一番とは各日に配された出演者を見に行くことを通して“福岡風太が1年かけて作り上げた作品”を見に行くイベントなのだ。今年は増してその一面がさらに色濃く感じられることとなった。
筆者は2012年に初観覧、翌2013年から有志スタッフとして春一番に参加しており、今年も1日目と3日目に携わることが出来た。昨年の模様も開催前・後と2編に渡って本サイトでお伝えしたが、本稿も例年の所業と思っていただいて差し支えはない。例年様変わりを見せる〈祝春一番〉の美しい風景をここに記す。
参考リンク
- 昨年度開催前:【コラム】30回目の祝春一番、GWにホンモノの風を吹かせる
- 昨年度開催後:【ライヴレビュー】祝春一番2015
まず例年と大きく違う点は暦上、開催日が1日減り、3日間開催となったことだ。これまで長らく4日間の開催だったため直面するのは、演者の選定である。それに当たって「いつものライヴをやるだけでは困る。いかに春一番という作品において特別なことをしてくれるか」を主眼に置き、大胆に改革がされることとなった。リクオ、ふちがみとふなと、坂田明、はじめにきよし、佐久間順平などといった長年の常連や、風太と共に春一番を長年支えていた故・あべのぼるが引っ張り込みここ10年ほど春一番の幅広さを象徴していた江州音頭の桜川唯丸と、河内音頭の山中一平の音頭の名前もない。逆に残った“精鋭たち”はオルタナティブな精神を重視して選ばれ、春一番のエッセンシャルな部分の濃度と熱量が例年以上に高い座組みとなった。いとうたかお(5月4日出演)は息子ほども年の離れた宮下広輔、gnkosaiを引き連れるし、大塚まさじ(5月4日出演)は林敏明、田中章弘というオリジナル・ザ・ディランの再演となるハックルバックのリズム隊を擁してきた。また、いとうたかおで瀬川信二、大塚まさじで細井豊、中川五郎(5月5日出演)で中野督夫と、それぞれ演奏メンバーではあるが久々にセンチメンタル・シティ・ロマンスの3人が帰って来た点、渋谷毅オーケストラのゲストとして1973年以来に吉田美奈子の名前があるなど演者記載のチラシを眺めるだけでも読み解きと想像でしばらくは楽しめてしまう。
いつも風太の期待を越えるのは現代の春一番の申し子とも言えるだろうハンバートハンバート(5月3日トリ出演)。高田渡の「生活の柄」「あしたはきっと(いとうたかお作)」、ディランⅡ「プカプカ」と70年代から春一番に縁深い楽曲を原点回帰とばかりに披露する。彼らの春一番への愛が会場を包みこんだ後には“楽屋で頼んだら出てくれるって!”と渋谷毅オーケストラから渋谷毅、上村勝正、外山明を呼び「おいらの船」。ここでも佐野遊穂がラップ調で歌ってみるふざけっぷり、周りも懸命にそれに合わせていく。テンションの上がった佐藤良成は“もう一曲! コード3つだけだから!”とあべのぼるの「オーイオイ」になだれ込む。大いに盛り上がる中、渋谷毅がついていけず曲中にさじを投げステージを下がってしまう両者自由なスタイルでさらに爆笑に包まれた。アンコールでは福岡風太と肩を組み再登場し、本イベントのテーマソングの西岡恭蔵「春一番」で綺麗に締める。春一番で歌われる歌には古い/新しいという価値観が排除されていることを証明しているようなステージであった。
一方で風太の期待に全く気負いなく、風の吹くままの自由な佇まいで魅了するのは加川良だ。数少なくなってしまった1971年の第1回からの演者であるが、出番前は裏の駐車場スペースで目をつぶってふらふらストレッチをしながらギターをつまびいている姿は親しみやすい。ステージに登場し軽い音出しリハを始めると、風太も紹介のタイミングを伺って隣で待っているのだが加川は歌うのをやめない。あ、こいつそのまま一曲やる気やんと悟った風太がダメだこりゃのポーズで後ろにはけて会場大爆笑。どれだけ付き合うてもこいつは理解できないという風太と加川の関係性が垣間見えるほほえましい一幕だったが、その後も間もなく発売予定のアルバムからブルーハーツ「青空」や泉谷しげる「春夏秋冬」など近年のお気に入りカバーを気持ちよさそうに歌い、時間が来たら満足げに去っていった、余韻も残さぬコスモスのような存在であった。
また金佑龍やgnkosaiBAND、小野一穂や宮下広輔など比較的若手の面々も2010年代に入ってすっかり春一番に不可欠な存在になっているが、毎年醸し出す風景が様変わりしているのが神戸のリーテソン(5月5日出演)。音源作品は一切なく、寧ろ形に残さないことへの美学を持っているかのような流浪のシンガーである。今年は同じく神戸のブルームーンカルテットから黄啓傑、富永寛之らを含めた6人編成で登場。港町で流れるフリーソウルサウンドは現在のブラックミュージックに傾倒する東京インディーシーンとも十分共鳴するものである。関西ブルースの泥臭さまとったグルーヴとテソンのくぐもったシルキーな声は会場に昼下がりの心地よいまどろみを与えた。終了後に少なからず観客が物販スペースに来たがCDはなく、彼は普段どこで見ることができるのだという声も上がっており、今後の精力的な活動に期待が集まるステージであった。

ling lom
apple of my eye, 2015年
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若手が台頭する一方で、長年春一番を支えてきた演者の不在もある。今年であれば昨年亡くなった石田長生だ。豊田勇造(5月5日出演)は冒頭に石田に対する想いを話し、1曲目に「石やん」と称した曲を送った。また全日程終了後、祝春一番のHPでは無事終了の感謝コメントがあがり、その中で“あべさん、雲の上の皆さまも、ありがとうございました。”の一文があった。豊田の最後は代表曲、「大文字」。小野一穂や良元優作ら後輩を呼び込んでの会場大合唱。供養・追悼はしない、雲の上に行った人たちもきっと今も一緒に春一番をやっていると感じたステージと雲の上がつながったシーンであった。
一方で昨年病に倒れた有山じゅんじ(5月5日出演)はお待ちかねの復活ステージ。風太が“木村くんと有山くん!”と呼び込み会場は驚きと歓声に包まれた。盟友木村充揮との共演ステージだ。カムバックの雰囲気を感じさせない名コンビのいつもの調子。だらだら喋り、客からの“はよやれー!!”でようやく「あなたも私もブルースが好き」を始める。しかし途中で止めて“ライヴやからいうて最後までやる思たら大間違いや!”客をおちょくるなど、まだまだ関西ブルースの象徴としての存在感を見せつけた。
今年の大トリを飾ったのは中川五郎とセンチ中野督夫のバンドTo Tell The Truth(5月5日トリ出演)。中川は加川良と並び第1回から春一番に参加しており、長いキャリアの中で訳詞家や音楽評論家・編集者に注力していた時期もあったが、近年は歌い手としての活動を活発化、新たなアプローチに挑戦し続けている。To Tell The Truthとしては初めての春一番であるが代表曲「腰まで泥まみれ」も一層ヘビィにアレンジされており、中野の轟音ギターを核としたロックバンドとして中川の新たな一面を引き出していた。しかしそれだけでは終わらず、中盤中川はサプライズゲストとしてPANTAを呼び込んだ。白髪でひげを蓄え、ずいぶん大柄になった風貌にも驚いたが、凄みが効きつつも通る声は頭脳警察の若かりし頃と少しも変わらない。中川との共作曲である「For a Life」「西暦20XX年」など、現代に警鐘を鳴らす「今」のプロテストフォークが歌われた。また本編最後には春一番に関わる多くの人の中でのスタンダードとなっているボブ・ディラン「風に吹かれて」を中川の今の考えでもって訳詞した「風に吹かれ続けている」。来場していた演者をどんどんステージにあげていき、いとうたかおがドラムを叩き、三宅伸治も友部正人も大塚まさじも微笑みながらステージにいるフィナーレに相応しい光景だ。しかしここが頂点ではない。アンコールで再登場し、今年の春一番の最後を締めるのは安倍晋三首相がオリンピック誘致の際に行ったスピーチに曲を付けた、つまり作詞安倍晋三・作曲中川五郎となる「Sports for tomorrow」。高田渡「自衛隊に入ろう」を初めて聴いた時の衝撃に通ずる、入魂の皮肉を込めたアンチテーゼだ。春一番の基本理念である“反戦、反核、反差別”を今の時代にフルコミットとしたステージ、中川がステージを去り、最後に福岡風太が満足げに“そういうこっちゃ!!!”と一言叫んで今年の春一番は幕を閉じた。
年々それほど大きく変わらぬラインナップに伝統化や70年代の追体験的見方をされることもあるが、風太は勝手に言わせておけばええ、こっちはこっちでおもろいことやったんねんと誇りをもって春一番を作り続ける。伴って演者はもちろん、毎年集まる有志スタッフも見事に期待に答え、今なお毎年洗練されている。観客を見ても年々アラフィフ・アラカンだけではなく20~30代が増えているのは、演者のここでしか見せない気合いの入ったステージと、ここでしか体感することの出来ない音楽との触れ合い方への期待からではないだろうか。風太のこの日にかける想いや演者とのエピソードは合間に挟まれるMCによって伝えられ、全演者・全スタッフだけでなく観客にまで本イベントのイデオロギーがしっかり周知される点も他のフェス・イベントとは異質だ。その証明としてハンバートハンバートや夕凪がテーマソング「春一番」を演奏する時間だけは、騒ぐ酔っぱらい、寝る酔っ払い、やんちゃな子どもを連れた家族連れ、スタッフ・演者を含めて会場にいる全ての人がぴたっと静寂でもってステージに眼差しを向けているのだ。想いが共有できていることを実感できる。過多な情報なんかには埋もれない有機的でメモリアルな音楽体験がここにはある。

むかしぼくはみじめだった
ユニバーサルミュージック, 2014年
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