【レビュー】構成の妙が光る、映画的音楽 | 土井玄臣『針のない画鋲』
- By: マーガレット 安井
- カテゴリー: Disc Review
- Tags: 土井玄臣


針のない画鋲
noble, 2018年3月9日
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大阪出身のシンガー・ソングライターである土井玄臣のフィジカル作品としては4年9カ月ぶりとなった本作は、とてもシンプルな作りだ。たとえばサウンドはラストを飾る「マリーゴールド」まで、ドラム・ビートは一切なく、ギターと鍵盤、そして少しの電子音があるのみだ。そしてそこから紡がれる暖かみと若干のほの暗さを漂わす音楽がローファイでざらついた録音と合わさると、私たちが生活する日常風景の一部として溶け込んだかのような錯覚に陥る。このように書けば「アンビエント的」なんて言葉で括られそうだが、ギターのアクセント位置やリズミカルな刻みを意図的に配置することで、ドラム・ビートはなくても確かなグルーヴを感じさせてくれる。またそのサウンドにのる歌声は、男性的な肉体性を感じるものではなく、例えば初期の清竜人(具体的には『PHILOSOPHY』のあたりだが)、またはシガー・ロスのヨンシーのような中性的で艶のあるファルセット・ボイスで全編紡がれていく。
が、正直なところ、自分が一番気になったのは、歌声でも、サウンドでもない。もちろん、どちらも大変素晴しいのだけど、それにも増して、このアルバムで語りたいのは映画的な作品構成の巧さだ。映画をみると、複数の人間から一つの出来事をみた作品に出くわすことがある。たとえばスタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』であったり、日本だと吉田大八の『桐島、部活やめるってよ』はそれに当てはまるかもしれない。このような映画は「ある事実」に対して、さまざまなアングルを提示し、事実の知られざる側面を浮き彫りにしていく。そして、事実の本質が完全にあらわになった途端、映画はクライマックスまで急激に加速をはじめていくのだが、『針のない画鋲』もまさにそんな作品だ。
ポップ・ミュージックにおける「きみ」と「あなた」をめぐる物語は、たいてい「ラヴ・ソング」であると相場は決まっているが、土井の本作は「ブロークン・ハート」つまりは失恋の物語を軸として進行する。そして「マリーゴールド」に至る7曲までに「きみ」と「あなた」を詞のなかで巧みに使い分けることで、彼、彼女の失恋したときの動揺、惑い、葛藤、をまるで人間ドラマを描くかの如く、丁寧に描き出していく。そして「マリーゴールド」で“前向きに進む君の姿とそれを微笑ましくみるあなた”という構造を描き出し物語を結実させるが、ここでそれまでに無かったドラム・ビートを入れることで、“拍子のない世界”から“拍子のある世界”へ、すなわち今までとは違った新しい世界へ一歩前進する様をサウンドでも体現している。視点の差異、ラストに物語がドライブする点を含め、『針のない画鋲』はまさに映画的な体験が楽しめる一作だ。(マーガレット安井)