現在関西音楽帖【第14回】~PICK UP NEW DISC REVIEW~

Disc Review
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「フットワーク軽く、定期的に、リアルタイムで関西の音楽作品をレビューしよう」というコンセプトで始まった「現在関西音楽帖~PICK UP NEW DISC REVIEW~」。第14回目となる今回は、ゆnovation『072 EP』、西洋彦『Only love can break my heart/五月の青空』、絶景クジラ『Seasick』、KING BROTHERS『wasteland/荒野』、youthcomics『April Transit』の5作品をピックアップ。


ゆnovation『072 EP』

ゆnovation
072 EP
Maltine Records, 2018年6月20日
BUY: iTunes Store
LISTEN: Apple Music, Spotify

ドラマ『電影少女』の劇伴にも参加した大阪在住の鍵盤ハーモニカ奏者/プロデューサーであるゆnovationが、自身の住んでいる市外局番を冠したEPを《Maltine Records》からリリースした。これまで彼女が自身のSoundcloudにアップしてきた彼女の楽曲は、鍵盤ハーモニカを軸にトイ感溢れる素朴でほのぼのしたポップソングを現行のダンスミュージックとして落とし込んでいる魅力がある。本作は編曲にプロデューサーBatsuが参加したことにより、その中でもソリッドな楽曲が収録されている。「ASAP」と「ある程度ある」で見られる鍵盤ハーモニカのソロでの高揚感はサックスプレイヤーさながらだ。ディスコをゆnovationの解釈で落とし込んだ「clap to find」の歌モノとしての魅力は、今後アイドルにも楽曲提供するのでは思わせるキャッチ―さがある。鍵盤ハーモニカを主役に置き初等教育の楽器というイメージ払拭するという意味でも彼女の楽曲は、ピアニカ・イノベーションと言えるのはないだろうか。

そんな本作と一緒に聞きたい関連作として浮かんだのが、中学の学校生活を描いたアニメ『からかい上手の高木さん』の劇伴を収録したサウンドトラックだ。この劇伴は映画やアニメなどの劇伴からバニラビーンズなどの編曲も掛けてきた堤博明が務めた。収録曲「からかい上手」などリコーダーを用いた印象的でローファイなメロディーや「西片の葛藤」では鍵盤ハーモニカも使われているなど、小学校でお馴染みの楽器が温かい空気感の作り方の違いを聴き比べるのも面白い。(杉山慧)

『からかい上手の高木さん Music Collection』


西洋彦『Only love can break my heart/五月の青空』

西洋彦
Only love can break my heart/五月の青空
dots tone label, 2018年5月27日
BUY: オフィシャルサイトお問い合わせ欄, ライブ会場

和歌山出身、京都在住のシンガーソングライター西洋彦。西院ネガポジを中心にライヴ活動を展開し、2016年にアルバム『ふるえるパンセ』及び、岡村詩野主宰のHelga PressコンピCDに収録された「バゲットの香りだけが希望みたいな夜」を発表。友部正人を思わせる歌詞とハイトーンかつヒリヒリした声に、日本のフォーク・シンガーの系譜を真っ当に受け継ぐ大器と予見した。本作は2年ぶりの音源リリースとなる2曲入りのカセットテープ。

「Only love can break my heart」はタイトルこそニールヤング・オマージュは自明。しかしあすなろうのフロントマンであったシンムラテツヤをプロデューサーに迎えたバンドサウンドであることにまず驚く。冒頭のフィードバック音から軽快なギターストロークが始まる健やかな幕開けは、くるり「BIRTHDAY」なんかが浮かぶブリティッシュ・ギターポップな新境地。 一方で弾き語りによる「五月の青空」は詩人池田澄子に捧げられている。感銘を受けた詩に曲を付けるのはウディ・ガスリー、ピート・シーガーからのフォークの根源的なスタイルであるし、詩人をモチーフとした曲も友部正人が直接交流のあった金子光晴について歌った「絵葉書」など挙げられる。しかしここでは“ああ彼女の詩はとっても短い だけど型にはまらない”と池田澄子の詩への感動が率直に綴られており、ページをめくり一句一句に想いを馳せる西の姿が浮かんでくるのが新鮮な構図。どちらも新たなアプローチであり、シンガーとして新緑の若葉がぐいぐい成長し、大木を見据えて枝葉に分かれていく過程を見ているようだ。(峯大貴)


絶景クジラ『Seasick』

絶景クジラ
Seasick
BAKURETSU RECORDS, 2018年6月27日
BUY:TOWER RECORDS, Amazon CD

“ナツコ・ポラリス、覚醒し暴発。”大阪を拠点とする3人組ニューウェイヴバンド・絶景クジラ。3作目となる本作EPにはそんな触れ込みを付けたくなる。前作『自撮り』から1年半のインターバルだが、前任ベース・ドラムの脱退、加賀谷直毅(Ba)の加入と体制は目まぐるしく変化。そこで否応が無しに直面したであろう、これまでのバンド・アンサンブルからの解放が反映されている。冒頭「Get Down」こそ4つ打ちダンスビート、飛び道具的なギターリフ、スペイシーなシンセと、以前からの彼女たちの旗印といえる要素こそ持ってはいるが、パッションはどんどん過熱しスタジアム級のステージで映える壮大なロックソングに昇華していく。「Sumile」もダンスチューンであることは間違いないが、リフやメロディーに引っ張られてアクセント・拍子はぬるぬる変化し容易にグルーヴに乗ることさえ胸倉掴んできて許さないダウナーファンク。全編英詞の「Too Busy I Am」に至っては6拍子のパンクナンバー、この土壇場からアッパーカットを決めるかのような反骨の叫び“too busy”とクラップのループが痛快だ。そして極めつけの劇場型ロックンロール「KAIBUTSU」。静かな独唱から始まり孤独に怪物へと変化する過程をSF的スペクタクルで描いていく質感はデヴィッド・ボウイ「Rock’N’Roll Suicide」にある絶望の中の光や、レディオヘッド「Airbag」の誇大妄想的世界と浮遊感のある音像を彷彿する。

狙うステージがとてつもなくビックになった、4曲とはいえ聴きごたえのある傑作だ。(峯大貴)


KING BROTHERS『wasteland/荒野』

KING BROTHERS
wasteland/荒野
Mach Club Records, 2018年6月6日
BUY:TOWER RECORDS, Amazon CD

メンバーの脱退も経て、結成当初のギター2人とドラムから成る3人編成となったKING BROTHERS。結成20周年でリリースされた最新アルバム『wasteland/荒野』は原点回帰的でありながら、その先へと向かう作品だ。8年前の前作『THE FIRST RAYS OF THE NEW RISING SUN』では、ベースの加入、エレクトーンやホーンセクションの導入など、バンド自体に変化を求めた。その結果、サウンドのボトムに厚みが増し、メロウさが強調。過去作品と比べてポップな仕上がりとなった。

しかし今回の『wasteland/荒野』は3ピースになったことで、以前から見られたノイジーなギター・サウンドが前面に出ており、また音質的には2004年作『BLUES』で行ったローファイでザラっとした音響を取り入れたことで、まるでライヴで演奏を聴いているような“生々しさ”が伝わってくる。一方で26インチのバスドラムから放たれるゾニー(Dr)のドラム・ビートは力強く重厚で、ベース・レスでありながらサウンド全体に確かな厚みを持たせている。そしてノイジーなサウンドながらも根にあるメロディーが明瞭で、フレーズが頭に残りやすく、加えて時にがなりながらシャウト、時に不平不満を演説のように訴えるケイゾウ(Vo,G)のボーカルも合わさった事で、原点回帰的でありながらも『THE FIRST RAYS OF THE NEW RISING SUN』の頃にも負けない、ポップなロックンロール作品へと仕上がっている。

このように見ていけば、この作品が単なる原点回帰ではなく“4人の頃に培った経験を3人でどう活かすか”という、次なるステップへの挑戦として作られていることがわかる。20周年になって、さらなる高みを目指すKING BROTHERS。このアルバムは20周年を祝うモニュメントではない。新しい歴史を刻み、更なる進化を望む、彼らのメルクマールになる作品だ。(マーガレット安井)


youthcomics『April Transit』

youthcomics
April Transit
Sailyard, 2018年6月20日
BUY:TOWER RECORDS, Amazon CD

Luby SparksやPictured Resortらを輩出しているインディー・レーベルSailyardから登場。フロム箕面のNarutoshi Ohinoによるプロジェクト、初CDとなる6曲入りEPだ。昨年の2曲入りカセットの時点では4人組のバンドでありThe Pains of Being Pure at Heartや、国内であればmöscow çlubやTeen Runnings、juvenile juvenileなどテン年代前半ごろから関西で隆盛を極めたドリーミーなインディー・ポップに連なる存在という印象であった。しかしソロとなった本作では曲が進むごとにライト・メロウなA.O.Rの方向へとグラデーションしていく。特に4曲目「Fool In A Breeze」以降はサウンドの軸がミドルテンポのギターカッティングとなり、ヴォコーダーやオートチューンのかかった匿名的なボーカルと相まってロマンチックだけどどこか空虚な夢心地に引き込まれる。5曲目「Into The Blue」で80年代マイアミ・リゾート感は頂点に。しかしゆったり身を委ねるグルーヴではなく、後半にかけてどんどん展開していくグルーヴが痛快に意表を突いてくる。バンドとトラックメイカーの間を揺れ動くようなアプローチはまだまだ底知れず、秘めたる才覚にワクワクしてしまう。

本作のマスタリングも手掛けている高木恒志が所属するPictured ResortやWallflowerしかり、マイペースな活動で自らの音楽を醸成しながらフワッと現れては良作を届けてくる箕面という土地。この3組が6月~7月で一斉に新作リリース、着実にインディー・ロックの水瓶として機能しつつあるぞ。(峯大貴)

Column
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神戸在住、普段はCDショップ店員として働く杉山による連載企画の第三回。タイトルは神戸在住の音楽ライタ …

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