【レビュー】いま、繋がり、そして河内音頭|国府達矢『ロックブッダ』

Disc Review
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国府達矢
ロックブッダ
felicity, 2018年3月21日
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国府達矢のアルバムとしては15年ぶりの作品となった『ロックブッダ』。前作『ロック転生』は曼荼羅的と評されるサウンドに、土俗的な節回し。さらに仏教的思想を交えながら、あくまでポップ・ミュージックとして振る舞われ、まさに「ジャパニーズ・オルタナティブロック」という言葉でしか形容できない作品であった。あれから15年。様々な葛藤の末に出来上がった本作は、前作の作家性にダイレクト・ストリーム・デジタルを導入し、サラウンドで立体的に音楽を見せる事(いや、聴かせる事と言うべきか)に挑戦。その結果、『ロック転生』で見せたオルタナティブを更新する、そんな作品となった。と、最低限の音楽紹介を終えたところで、本題に移ろう。私には前から国府達矢を聴くと、ある音楽を想起する。それは古くから存在する、関西を代表するダンスミュージックの事だ。そう“河内音頭”である。

国府達矢の音楽はどこか河内音頭に似ている。それはプリミティブなサウンド作りやエレキギターが楽曲の軸をなしている事も原因ではあるが、一番重要なファクターは彼の土俗的な節回しだ。この節回しが私には浪花節のように聴こえて仕方がないのである。そしてその浪花節的な節回しは河内音頭のそれと似ているのだ。河内音頭と言えば盆踊りの定番ソングであるが、盆踊りと言えば、念仏踊り、つまりお盆に迎えた死者の魂を送り出す踊りから端を発する。それはすなわち、河内音頭が仏教とゆかりが深い事を表し、仏教的思想をもつ国府達矢の音楽が河内音頭に聴こえるという事にも繋がるのだ。と、この文章を閉じてしまえば、いささか、いや、かなり強引な印象論で終わってしまうのだが、この印象論から浮き上がる国府達矢のリアルも存在する。そのリアルとはなにか。それを知るためには、まずこの印象論を補強するところから話を進める。

国府達矢の音楽が河内音頭に聴こえる理由の一つは浪花節的な節回しにある、それは先程も語ったが、そもそも浪花節はデロレン祭文を原点にもつ演芸だ。デロレン祭文と言えば、法螺貝を吹きながら説経祭文(説経節+祭文語り)を語る芸能だが、説経祭文における説経とは、仏教における唱導の事である。つまり浪花節的な節回しというのは、仏教の唱導と繋がっているのだ。また河内音頭はそもそも、滋賀の東近江で発祥した江州音頭の影響をうけて作られたもの※1であり、この江州音頭もまたデロレン祭文が原点となっている。すなわち、私が想起した河内音頭的な感覚は、転生、ブッダといった仏教を想起させるタイトルを使い、曼荼羅的で仏教思想を強く感じる国府の音楽に最も合ったフロウ(歌い回し)であったわけだ。そして、このフロウは元をただすと唱導的だともいえ、そのように考えれば国府達矢は自らの真理を人々に説く、すなわち「ブッダに成り代わろうとしている。」とも言えるのではないだろうか。では、国府達矢は私たちに何を説こうとしているのか。

国府達矢の2003年に出たアルバム『ロック転生』は9・11米同時多発テロからのインスパイアを受けて作られた。国府の盟友である七尾旅人はsnoozerのインタビュー※2で9・11のテロの映像を見た国府が異常に悲しみ、そしてその後、国府の音楽性が一気に仏教的な思想へ加速した、という事を語っている。また、2011年にロックブッダ名義で発売された『+1Dイん庶民』は3・11の震災から、すぐに出されたアンサー・シングルであった。ちなみに『ロックブッダ』に収録してある「続・黄金体験」と「いま」は、この『+1Dイん庶民』に収録されているが、双方のメッセージを私的に要約すれば「過去でも未来でもない、“いま”こそ重要だ。」という事を語っており、このメッセージは『ロックブッダ』の中でも全体に貫かれている。そして付け加えれば、本作では“いま”の他にも、“繋がり”も重要なキーワードとして語られる。

国府達矢の『ロックブッダ』は必ず二人、またはそれより多くの人が出てくる楽曲ばかりだ。そして、その楽曲はどれも“繋がり”を意識している。

手を伸ばし心を伸ばすんならいつでも
繋がり合う 響き合うことを望んでいるもんで
(「薔薇」)

繋がりの果てに繋がりの元に届こうとする欲望にも似た衝動
誰かが言った『その正直な感動を絶対に手放すな』
(「感電ス」)

手と手を取ろう重ねよう 恥ずかしがり屋のぼくらが共に手を合わせるのは
ささやかで とっておきの奇跡だ
(「朝が湧く」)

国府達矢はなぜ、繋がりを意識するのか。3・11以降、アメリカはドナルド・トランプが大統領になり入国制限を強化し、不法移民の根絶に動きだした。一方、イギリスでは移民問題の悪影響を強調して国民投票を行いEUから離脱。フランスではパリやニースでテロが発生。そしてその米、英、仏の3カ国はシリアへの空爆を実施。国の決定に対して、各国では反対するためのデモが毎日のように繰り広げられる。そしてこれは対岸の火事ではない。日本でも同じ事だ。Twitterで繰り広げられる右と左の交わらない論争。フェイク・ニュースで感情的になる市民。官邸前のデモ。こんな世界を生きるために私たちはどうするべきか。国府が伝える「いまは手を取合い、連帯しなければならない。」というメッセージは、最もシンプルで当たり前ながら、最もいま必要な事ではないだろうか。

国府達矢の『ロックブッダ』は「Everybody’s @ buddha nature」という無音のトラックで締めくくられる。無音のトラックと言えばジョン・ケージ「4分33秒」やスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「暴動」などを思い出すが、「4分33秒」では音楽という概念の拡張、「暴動」は平和への祈り、といったように作家たちは無音であることにメッセージを込める。「Everybody’s @ buddha nature」もそうだ。仏教的な思想で考えるならば、この無音はもしかすると内証の時間であるかもしれない。自分の心の中を見つめ直す内証という言葉は、元々は「内の証」すなわち内なる悟りを表した仏教用語である。そして国府が作った無音の中で、私たちはロックブッダが語り掛けた事を反芻し、自身へ問いかける。

「いまを生きるとは。」

「人々と繋がるとは。」

「今後、私たちはどう行動すべきか。」

全ての楽曲が終わり、私たちは現実に帰還する。そこからはリスナーであった、あなたの人生がスタートするのだ。いまの世の中へ、自らの真理を唱導する国府達矢。もはや、これはただのポップ・ミュージックではない。『ロックブッダ』という名の経典だ。(マーガレット安井)


※1 田中悠美子、野川美穂子、配川美加『まるごと三味線の本』 p115 青弓社
※2 snoozer 2007年12月号 p134-135 リトル・モア

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