【クロスレビュー】くるり: THE PIER

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2014年9月17日にビクターエンタテインメント(SPEEDSTAR RECORDS)からリリースされた、くるり『THE PIER』のクロスレビュー(複数人によるディスクレビュー)を掲載します。

『THE PIER』で見せたポピュラー音楽の新たなる可能性

くるりほどポピュラー音楽の可能性を広げたロックバンドを僕は知らない。くるりは今までポピュラー音楽とされている様々な音楽(エレクトロ・UK、USロック、ジャズ)を自らの音楽に吸収し作品へと昇華させてきた。また、アルバム『ワルツを踊れ』ではポピュラー音楽の枠を飛び越え芸術音楽、すなわちクラシックと自らの音楽を接近させ、新たな可能性の幅を広げてくれた。そして、本作『THE PIER』も私たちへポピュラー音楽の新たな可能性を広げてくれる作品である。

『THE PIER』の根底にあるもの、それは“伝統音楽”である。本作では中東、東欧に伝わる音楽を元に、その地方に伝わる民族楽器を効果的に使った作品が数多く登場する。小鳥のさえずりと波の音とシタールのサウンドから始まる「浜辺にて」では中東的なサウンド、そして歌に連動した形で“列車”や“嵐”といった効果音が入るのが面白い。ポルトガルの民族歌謡であるファドの影響を受けた「遥かなるリスボン」ではアコーディオンとポルトガルの民族楽器ギターラを使い、メロディアスでふくよかなサウンドが耳を包む。そして、くるり自身も“変な曲”と明言した「Liberty & Gravity」は中東的なサウンドにシタールやサズといった民族楽器を使い、さらにはエレクトロも混ぜながらも、いきなり日本の祭囃子やギターロック的なサウンドも流れ、まさに音楽で世界旅行が楽しめる。

ただ、本作は伝統音楽との接近を試みた作品だけでなく、近未来的なエレクトロサウンドに“漁り火”や“海鳥”といった演歌を思わすフレーズが印象的な「日本海」、フォーキーなサウンドに日本の師走の町並みを描いた「最後のメリークリスマス」がありと全体的にとてもバラエティー豊かに仕上がっている。伝統音楽をポピュラー音楽へと見事に昇華した『THE PIER』。この埠頭から奏でられるくるりと言う名の舟は、今日も私たちをここではない世界へと連れて行ってくれる。(レビュアー:安井 豊喜

世界中の音楽が詰め込まれた54分が綴るストーリー

世界中に溢れる音楽をつなぎ合わせ、54分間の物語をみせてくれたのが、くるりの『THE PIER』だ。

ハープやストリングスの奏でるキャッチーなメロディに打ち込みドラムやシンセベースが巧みに重なり、トランペットやベースの生音も加わって壮大に展開していくインストゥルメンタル「2034」。1曲目の終わりがわからないくらいにシンセとドラムのイントロがかぶさり、なだれ込むように2曲目の「日本海」が始まる。“なうなう”と歌う岸田の声に耳を澄ませていると聞こえてくる、打ち寄せる波、鳥の声、不穏な雷鳴。サズの奏でる中東的なメロディ流れ、いつのまにか画面が変わっていたのかと気づく頃にはもう3曲目の「浜辺にて」が流れている。3曲目と4曲目の間には音のない切れ目があるが、曲の終わりにポンッと響く弦の余韻を感じている間に、ファンファンが吹くトランペットのメロディがすっと流れだすので、音がない時間も音楽がずっと鳴っているような気分になる。その感覚が実に最後まで続くのだ。

今作に収録されているのは14曲。2013年1月に配信された前奏のチェロが印象的な「Remember me」、3人体制になって初のリリースとなった「ロックンロール・ハネムーン」など先行リリース曲もあれば、昨年の夏にウィーンで書いたという90トラックで構成された「Liberty & Gravity」やCMに使われていた「loveless」など先にライヴで聴いていた曲もあり、リスナーが先に曲に馴染んでいたものも多い。また、くるり史上最速BPMであるメタル調の「しゃぼんがぼんぼん」や佐藤が作詞作曲したシティ・ポップ調の「Amamoyo」など曲調もバラエティに富んでいる。それぞれの楽曲が生まれた経緯、場所、時間は様々だが、1曲1曲がまるでこのアルバムに必要なワンピースであったように思え、14曲というよりは大曲を1曲聴いたような感覚になるのは、音と音の間をつないでいる、普段は音楽と認識されていない音のせいだろう。

一見、音で溢れかえったようにみえるこのアルバムだが、聴く人の心をこんなにも捉えてしまうのは、たくさんの音があるからこそ生まれた余白のせいでないだろうか。たくさんの音楽がフラットに交ぜ合わさり存在するからこそ、リスナーの耳が主体的にその音を捉え、その人が主人公となった物語が生まれるのだ。だからこそ、繰り返し聴いてしまう、そんなアルバムである。(レビュアー:乾 和代

『rockin’ on』2014年9月号『俺の名盤』で岸田繁が語ったプリンス『ラヴ・シンボル』からの影響を中心に

欧米主導のロックの枠からはみ出す多国籍サウンドに日本的なメロディーが乗る、絶妙な違和感が心地よい。そんな本作を特に、岸田繁が類似を自ら指摘するプリンスのアルバム『ラヴ・シンボル』からの影響を中心に論じたい。

beehypeという海外メディアはくるりを高く評価し、2014年の京都音博に出演したレバノンのSSWヤスミン・ハムダンの取材もしているが、そのレバノン周辺、中東の楽器であるサズ、シタールの導入は本作のキー・ポイントの一つだ。その中東の女性との恋愛を描いたプリンスの『ラヴ・シンボル』と本作『THE PIER』の間に幾つかの共通点が見出される。プリンスが長い確執をへて古巣WARNERに戻る今というタイミングだから、なおのこと興味深い。

Prince: The Love Simbol

Prince & The New Power Generation
The Love Symbol
Warner Bros, 1992年
BUY: Amazon CD, タワーレコード

具体的な類似点を挙げれば、全編に渡るホーンやシンセの使用は勿論として、冒頭のEDM風インスト「2034」は『ラヴ・シンボル』1曲目「MY NAME IS PRINCE」の出だしのシンセが醸し出す高揚感と重なるし、「ロックンロール・ハネムーン」の位置に『ラヴ・シンボル』では、恋人を誘い出す歌い出しが心地よいギター・ロック「THE MORNING PAPER」がある。また佐藤征史作曲の「Amamoyo」は、『ラヴ・シンボル』からのリード曲、JBマナーのファンク・チューン「SEXY M.F.」を思わせる長いイントロから始まる。想像だがアレンジ段階での岸田の遊びではないか。またアルバム・ジャケットを比較すると、水平線、または地平線の先に未来が伸びていくイメージが合致する。開放的なイメージは2つのアルバムに共通するテイストだ。

『ラヴ・シンボル』制作時にプリンスは運命の恋人に出会い、彼女の存在が彼を窮屈な音楽ビジネスの世界から解き放ってくれたと語っている。プリンスの音楽性は同作を起点に密室的でスピリチュアルな過去作と、より現実と対峙した近作に分かれるが、『THE PIER』もくるりの重要な転機作となるかもしれない。少なくとも私は本作から、仕事はできるけど長年腹を割って話してくれなかった友人が、初めてがっつり向かい合ってくれたような感覚を覚えた。愛聴している。(レビュアー:森 豊和

くるり: THE PIER

くるり
THE PIER(初回限定盤・全曲楽譜集付き7inchサイズジャケット仕様、「Liberty&Gravity」ハイレゾ音源ダウンロードコード付き)
ビクターエンタテインメント, 2014年
BUY: Amazon CD(初回限定盤), タワーレコード, iTunesで見る

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関西拠点の音楽メディア/レビューサイト ki-ft(キフト)
関西を拠点とした音楽メディア/レビューサイト「ki-ft(キフト)」は音楽ライター講座in京都を通して生まれました。音楽を伝えるためのメディアとして、アルバムレビューを中心に更新。複数人によるクロスレビュー、コラムなども書いています。