【レビュー】リツコ「1st DEMO」

Pocket

リツコ「1st DEMO」

リツコ
1st DEMO
自主制作, 2014年
BUY: HOOK UP RECORDS、ライヴ物販ほか

危機感。先進国でありながら日本でまともに英語を話すことができる人間はごく僅かなのはもはや自明の理であり、洋楽に対する興味の低下はおろか歌詞の意味さえ理解していない者がほとんどだ。海外には目も向けず、国内ではいわゆるJ-POPやルックスだけのアイドル・ビジネスが氾濫し、新たな才能の芽が摘まれている。まさに音楽鎖国、ガラパゴス化した島国だ。一方で京都ではHAPPYやThe Foglands、Homecomingsといった洋楽志向のバンドが音を鳴らし、まさしくインディーなシーンが形成されている。それはこの地で結成されたリツコのこのデモ音源にも顕在している。しかし、彼女たちの歌はシームレスに音の隔たりをなくすかのように、京都の音楽シーンを飛び越えてここまで届いてくるのだ。

レコ発ライヴをもってギターが脱退し、4人では最初で最後となる本作。ラフではある、しかし彼女たちも一人の良きリスナーとして洋楽を聴き込んできたことがよくわかる一枚だ。例えばM1「ミラーボール」のサイケに主張するガレージ・ロックなギター・サウンドはMC5、サード・アルバム期のザ・ストロークスを彷彿させ、ドラムは8ビートを刻みながらも、小気味良いバッキングのリズムに気づくと身体が揺られている。M2「弱いアイデンティティ」では冒頭の穏やかな音のそよめきにそっと耳を傾けていると突然リズムが転調し、ピクシーズやニルヴァーナのような90年代オルタナ~グランジへと様相を呈したかと思えば、ブラーやオアシスといったブリット・ポップさえも感じさせる。“みんな しょうもないよ”や“みんな おもんないよ 本当”と関西弁が歌詞には見られ、京都の女子大生である彼女たちが今ある環境の中で何を感じているのかが窺える。

しかし、そんな彼女たちの訴えも英語詞であったなら耳に届くことはなかったかもしれない。先述したような洋楽がルーツにありながら、敢えて日本語詞で歌うことに踏み切ったのは、彼女たちが我々日本人に対して何かを伝えたかったからではないだろうか。それは“僕の「本気」をみて 君が救われたらなあ”という歌詞にも表れており、意味をもったものとして直接言葉が突き刺さるのだ。京都を中心にソロでも活動するミサト(Vo, G)の凛としたまっすぐな歌声に胸を打たれる。

CDが売れなくなり、音楽業界は今や荒波の大海原。それでも彼女たちが乗る船は京都を出航し、アメリカを経由してイギリスへと舵を切る。はっきり言ってその船は豪華客船のようにきらびやかで派手な飾りもなければ、ガールズ・バンドの主流にも乗っていない。けれども、すっかり閉じ切ってしまった世界への入り口を彼女たちが京都から広げていってくれるのではないかと期待を寄せずにはいられない。

Author Profile

山本 悟士音楽ライター
1993年生まれ、滋賀県在住。薬学生。大学では細胞生物学について研究。演劇団体に所属し、表現の場を拡大。取材・執筆依頼はihsotas0505@gmail.comまで。