【レビュー】想像で語る故郷 | シャムキャッツ『TAKE CARE』

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邦楽と漫画は同じサブカルチャーとして常に(時には邦楽と洋楽よりも)近い間柄にあるが、邦楽でいう“東京インディー”が漫画界にもあるのをご存知だろうか。なかでも澤部渡(スカート)や鴨田潤が寄稿する自主制作漫画誌『ユースカ』に関わる漫画家やミュージシャンは、その相思相愛ぶりもあって、ジャンルを超えた一つのカテゴリとして多くのファンを得ている。『ユースカ』常連のひとりで、今作と前作でシャムキャッツのアートワークを手がけた京都出身の漫画家・サヌキナオヤは、昨年11月、同誌周辺の漫画家3人と漫画誌『蓬莱』を創刊した。表紙には足立区荒川沿いのありふれた道路風景が描かれ、「ロードムービー」という題に沿った淡々とした作品が並ぶ。メジャー誌でいえば『聲の形』や『惡の華』もそうだが、震災以降、都市でも田舎でもない“地方都市”を舞台に選び、かつそれを隠さない漫画が増えているように思う。前述2作品はそこが作者の故郷だからで、彼らが自身の青春を堂々と作品に持ち込むことは、今やエゴではないのだ。同様の流れは邦楽の方の“東京インディー”にもあり、大雑把に言えば、シャムキャッツの前作『AFTER HOURS』もそれに括られる作品だった。今作『TAKE CARE』は、その続編ということらしい。2014年春の千葉県浦安市を閉じ込めたタイムカプセルの“続き”。それは決して、単なる一年後の世界ではないはずだ。

今作のサウンドは、おおむね前作以上にBPMが遅く、リバーヴの強くかかったギターが目立つ。また、「CHOKE」「PM5:00」と彼らにしては珍しいマイナーキーの曲が2つあることも大きい。そして「GIRL AT THE BUS STOP」のうっとりするようなギター・ストロークや、「WINDLESS DAY」の気だるいトレモロ・アーム。いずれもサマー・オブ・ラヴの香り立つ煙に巻かれた不穏な印象を受ける。音だけを見れば、この『TAKE CARE』の世界は、現実から切り離されたファンタジックなものに感じられる。

続いてリリックだ。前作は“どこまでも行ってしまおう 太陽と漕いで行こう/まっ白いおせんべいもふやけちゃうほど(「SWEET DREAMS」)”など、初期のスピッツよろしく抽象的な言い回しが散りばめられていた。しかし今作では、それぞれの曲で明確な設定のもと物語が進んでいる。比喩部分においても文体がストレートなため、登場人物の内面にはっきり焦点が合うようになり、感情の“最も切実な部分”をあえてかわしていた前作よりもずっとドキュメンタリーだ。

空想的なサウンドに対し、現実的なリリック。なぜ、こうも印象が違うのだろう。それは、前作で彼らが自らの故郷―浦安の湾岸工業地帯―に向き合ったことで、“故郷(ふるさと)”に対する視点が変わったからだろう。“故郷”という言葉は、生まれ育った土地を去った(または様々な理由で失った)人々の心の中で、そこが再登場するときのための表現だ。去った人間にとっては過ぎ去りし青春の舞台でも、多くの場合、たくさんの人々が今なおそこで暮らしていて、今作ではその事実が強く意識されている。故郷の町そのものを表現するならば、街の風景からその人々の姿を取り除くわけにはいかないのだ。だから、サヌキによる2枚のアートワークが象徴するように、前作が故郷を描いた数枚の風景画だとするならば、今作はそこで生きる人々を主役にした群像劇となった。しかしシャムキャッツが東京に住む以上、それはあくまで“絵”や“劇”、つまりフィクションにしかなり得ない。だから、サウンド面でサイケに寄ることでバランスを取ったのではないだろうか。

例えば、取るに足らない日常の一コマ(たとえば、ふと歯医者の予約をしなきゃと思いつくだとか、午後のワイドショーを強引だと思いながらも見続けるだとか)を四角く切り取って並べたとしたら、伏線もオチもない漫画が出来上がる。しかし、作者の切り取り方次第で、行間ならぬコマ間に込められた感情は、我々の日々の生活と共有できるものとなるだろう。それは“東京インディー”漫画の特徴の一つで、今作にも当てはまる。今作の場合は特に、地方や郊外に漂う“ドラマのない土地で生きる私たち”という意識にスポットが当たっていて、諦念と安寧と疎外感が合わさったその感情に、フィクションの立場からノンフィクション以上に肉迫しているのだ。

Author Profile

吉田 紗柚季音楽ライター見習い、京都講座岡山特派員
1992年生まれの新社会人。生まれは新潟、育ちは倉敷で、今は神戸にいます。好きな高速道路は北陸と磐越です。