【クロスレビュー】音楽ライター講座in京都〈スピッツ考現学〉で読みあった「みなと」の完成原稿

スピッツ『みなと』
Disc Review
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スピッツ『みなと』
スピッツ
みなと
ユニバーサルミュージック, 2016年
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2016年6月〜8月の音楽ライター講座in京都は〈スピッツ考現学〉というテーマで全3回に渡り、20年以上も第一線で活躍しているスピッツを考察します。6月12日の初回では、15th album 『醒めない』(7月27日リリース)への布石となる新曲「みなと」を取り上げ、参加者によるレビューを読み合いました。この記事では提出された原稿をブラッシュアップし、完成したレビューを随時掲載します。

ギターサウンドで見るスピッツ

イントロからAメロにかけて、歌のすぐ後ろで主張するリズムギターの音はひたすら丸い。ミドルの強いジャリジャリとした手触りのクランチが、今後の曲展開の土台を作る。Bメロから次第に、草野マサムネ(Vo&G)の歌声にかけられたリバーヴが強くなっていく。サビからはボーカルのディレイが山彦のように入りはじめ、2番からは、8分の刻みで深いトレモロのかかったリードギターがサウンドの軸となる。三輪テツヤ(G)のアルペジオが水紋のように均一に揺らぐなかで、ボーカルの残響も徐々に力を増していく。澤部渡(スカート)による控えめな口笛を挟んだあとの、大サビにおけるリバーヴの甚だしさはもはやアンビエント・フォークだとかドリーム・ポップだとかに近い域だ。アウトロでさらにリードギターにディレイが重なった後、イントロの時よりも尖った音のリズムギターがジャキッと曲を締める。空間系のエフェクトを片っ端から活用する「みなと」のアプローチについて、筆者が最も近いと感じたのは、彼らが2002年にアルバム『三日月ロック』の先行シングルとしてリリースした「水色の街」だった。

「水色の街」は、制作当初はシングルにする予定ではなかったという曲だ。〈川を渡る 君が住む街へ〉〈会いたくて今すぐ 間違えたステップで/水色のあの街へ〉とどこか死を連想させる詞のAメロと、〈ラララ〉というスキャットのみのサビが繰り返し歌われる。曲の頭から草野のボーカルには強烈なリバーヴがかかり、メロディはマイナーキーで起伏が少ない。ギターの歪みは押し並べて強いものの、三輪のアルペジオにかかった揺らぎは「みなと」と同じだ。収録元の『三日月ロック』自体が『ハヤブサ(2000)』のラウドさを継承しつつもアシッド・フォーク的な不健康さの目立つアルバムで、「水色の街」もそんな一曲である。

ざらついた感触のリズムギターに、エコーを何重にもかけたボーカル、トレモロで揺らしたリードギターなど、「みなと」と「水色の街」にはサウンド面の共通点が多い。しかし一方で決定的な違いがある。「水色の街」はほぼAメロとサビの反復のみであり、スピッツにしては珍しく王道的なJ-POPの展開を押さえない。エフェクトのボリュームも曲を通して変化がないが、「みなと」は冒頭で述べたように、リバーヴ、ディレイ、トレモロのバランスで大サビに向けて綿密に山場が作られているのだ。“夢”と“ドラッグ”のギリギリ境界を行くようなサウンドでありながらも、「みなと」がこれまでの彼らのシングル曲達と同じポップネスを持って私たちの心に迫るのは、そういった理由によるのではないか。草野マサムネのソングライティングはスピッツがデビュー以来持ち続ける最強の武器だが、それを盛り立て補強する彼らのサウンドプロダクションの骨太さは、25年の紆余曲折を経て得られたものなのだ。

現状の最新アルバム『小さな生き物(2013)』の「scat」や「エスペランサ」、さらにその前作『とげまる(2010)』の「新月」「どんどどん」など、亀田誠治プロデュースが定着してからのスピッツは、“初期三部作”と呼ばれるブレイク前のアルバム達や『ハヤブサ』『三日月ロック』期を思わせる曲が目立っていた。それはきっと、今の彼らが大御所バンドとして確立させた手法でもって過去の取り組みを再解釈するという挑戦だったのだろう。今作「みなと」のサウンドをみればその成果は明らか。新譜『醒めない』への期待が高まる1曲だ。(吉田 紗柚季

https://www.youtube.com/watch?v=ztpjwJDw1BY

決意の歌

なにか大きな諦念と、大切な人やものを失い、それでも続いていく日々と、繰り返される“歌”という言葉に託された、草野マサムネ自身の固い決意。本作にはそういうものがある。

“遠くに旅立った君に”、“君ともう一度会うために作った歌さ” 歌詞に注目すると、本作の主人公はこの場所でひとり、失ってしまった“君”を思い、歌っている。そして“君”とはもう二度と会えないのだろうことも想像がつく。“錆びた港で”というフレーズからは確かに月日の流れを感じるし、MVが全編モノクロというのも、どこか死を連想させる。更に、この物語の舞台が「みなと」だということも意味深だ。港は生活を匂わす場所である。海とともに生きてそこで生を営む人々のことを想像するし、もちろん震災のことも思い出される。やはり、本作は、失うこと、死ぬこと、そして、そのうえで生きることがテーマになっていると感じた。

ここでふと頭に浮かぶのが、前作の配信限定シングル「雪風」も、別れを感じさせる曲であったことだ。“現実と離れたとこにいて こんなふうに触れ合えることもある もう会えないって 嘆かないでね”“君は生きてく 壊れそうでも”。「雪風」で描かれているのは、消えてしまった側の視点だ。そして、「みなと」で描かれているのは、置いていかれた側の視点。いわば、前作の「雪風」と本作の「みなと」は対になっているのだ。それに加えて注目したいのは、「雪風」の最後が“まだ歌っていけるかい?”という問いかけで唐突に終わっているのに対し、「みなと」では、“歌”というワードを7回も使って、“今日も歌う”と繰り返している。まるで、「雪風」での問いかけの答えを、「みなと」で歌っているかのように。この2作は、ふたつの視点から、別れや、失うことについて歌われており、ふたつでひとつの作品だとも言える。

そして、この2作を繋ぐ、“歌”という言葉に込められたものについて考えてみると、それは、草野自身の、歌い続けることに対する強い決意なのではないだろうか。震災も経験したこの国で生きる、いちミュージシャンとして、何かを失っても、歌って生きていくのだと、それしかできないんだと、この2作を通して、伝えているように思う。しかもそんな曲が、デビュー25周年というタイミングで世に放たれたことは、きっと偶然ではないだろう。「雪風」と「みなと」、この2曲は、草野の歌に対する固い決意をしたためた、とてもひたむきな曲なのかもしれない。(小川あかね

スピッツ『醒めない』
スピッツ
醒めない(初回限定盤)(Blu-ray付)
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