

みずいろ
F.M.N.Sound Factory, 2014年
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穂高亜希子『みずいろ』を聴いた。彼女の歌を様々な鍵盤、管弦楽器が彩るシンプルなたたずまいの作品だ。秋の夜に窓を開けたままCDをかけて寝転ぶと、虫の音がさらなる伴奏をつける。穂高亜希子with虫の音オーケストラの生演奏。いや虫の音だけではない。風の音、草木がそよぐ音、どこかの家で夕飯を用意する物音、食器を洗う水音、全てが溶け合って、今ここにしかない演奏が繰り広げられる。そういえばアルケミーレコードを運営するJOJO広重は穂高の音楽を絶賛しているが、彼はノイズの果てに、自然音や生活に寄り添う音の美しさに行き着いたのかもしれない。
80年前後の関西NO WAVEシーンにおいて、INUやアーント・サリー(phew、bikkeが在籍)、しのやんらのSS、そしてJOJO広重がいたULTRA BIDEは、パンクが焼き尽くした焦土で、どこにもない新しい音を求めて活動した。彼らが体現したのは、パンク以降のノイズ、ファンク、ジャズ、様々な要素を取り入れたアヴァンギャルドな音楽。しかしそれも市民権を勝ち得て多くの後進にコピーされるに至った段階で革新性と魅力を失ってしまう。ロックの歴史は時代の主流に対する反動の繰り返し。
しのやんは、「パンクは負けたと思っている」とかつて岡村詩野のインタビューで語ったが、今も自身のイベントRock A Go Goで騒音寺やHONEY MAKER、私の思い出といったポップでユーモアも交えたパンク・バンドをプッシュしている。京都磔磔で出会った際、「音楽雑誌とか苦しいやろ」と穏やかに気遣うように私に語りかけた彼は、勝ち負けなんかちっともこだわっていないように見えた。この瞬間を楽しみ、それを継続していくことのほうが大切だから。
また穂高の作品をリリースするF.M.N.SOUND FACTORYの石橋正二郎は、かつて関西NO WAVEのツアーに同行し、その後も京都の音楽シーンに関わり続け、渕上純子(ふちがみとふなと)+bikkeのユニットJB、大友良英+山本精一ギター・デュオ、RUINS + 内橋和久といった作品をリリースしている。京都ライター講座での講演で、雑誌どころかCDも売れなくなっている状況に対して彼は言った。「本当に手元に残しておきたい作品を作ればいいだけじゃないか」。

BiS解散LIVE 「BiSなりの武道館」 (2枚組Blu-ray Disc)
avex trax, 2014年
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JOJO広重が行う初音階段、BiS階段といった試みも、しのやんが毎夜繰り広げるパンク・バンドの饗宴も、石橋が丁寧に作りこむ穂高亜希子の作品も、長い歴史と逡巡の果てに生まれたものだと思う。アヴァンギャルドなものが時代の状況のなかで普通になり、ごく普通に聴こえる音楽が作り方しだいで何よりアヴァンギャルドになり得る。しかし結果がどういった形であれ、本当に観たいと思わせるライヴ、大切に聴きたいと思えるCD、そして読む価値のあるテキストを書けばいいだけじゃないか。
丁寧に作られた『みずいろ』のジャケットとブックレット、美しいアートワークを眺め、胸を貫くようで同時にそっと包み込んでくれるような穂高の歌声を聴きながら、そう思った。