“ベテランバンド”のそれから~スピッツ『CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection』に寄せて~

CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection
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CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection
スピッツ
CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection
ユニバーサルミュージック, 2017年
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昨年、音楽ライター講座in京都にディレクター・竹内修氏をお迎えしたスピッツ。今年結成30周年を迎え、シングル・コレクションをまとめたボックスや過去作の重量盤LPなど大量のアイテムがリリースされた。

更に大阪では10月にCentral67とのコラボレーション展示、11月におなじみの自主企画〈ロックロックこんにちは!〉も控えていて、まだまだ祭りは続きそうだ。中でもシングル・コレクション『CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection』(以下今作)は、2006年以降の全シングル曲と新曲3曲がまとめられた新作。しかし、この2006年頃から彼らはアルバムのリリースペースを3年おきに落とし、メディア露出も減らし、“リサイクル騒動”のような事件も無かったため(無いに越したことはないが)、取り立てて話題になることも減っていったように思う。強いて言うなら“安定飛行”か。

というわけでこのコラムでは、ki-ftレビュアー随一のスピッツファンである筆者が(香川野外公演最高でした)、特に2010年以降の“ベテラン”と呼ばれてからの彼らの歩みと、近年(一応)あったささやかな転機についてお話しする。今作を聴く上で参考にして頂けたら幸いだ。

とりあえず参考までに、今作の収録曲をこの10年にリリースされたアルバムとともにまとめておく。

  • 1.魔法のコトバ / 2.ルキンフォー / 3.群青………『さざなみCD』(2007)
  • 4.若葉 / 5.君は太陽 / 6.つぐみ / 7.シロクマ………『とげまる』(2010)
  • 8.タイム・トラベル(原田真二のカバー)………『おるたな』(2012, B面&カバー音源集)
  • 9.さらさら………『小さな生き物』(2013)
  • 10.愛のことば -2014mix-………初収録、オリジナル版は『ハチミツ』(1995)
  • 11.雪風 / 12.みなと………『醒めない』(2016)
  • 13.ヘビーメロウ / 14.歌ウサギ / 15.1987→………初収録(新曲)

『フェイクファー』のトラウマ

ゼロ年代版『ハチミツ』とも呼べる極彩色のポップ・アルバム『さざなみCD』のあと、スピッツは『とげまる』で骨太なバンドサウンドに回帰した。前作の華やかさを引き継いでいた「若葉」と「君は太陽」はアルバムのラストにまとめられ、この時からプロデューサー・亀田誠治の手を借りないセルフ・プロデュース曲も入りはじめた。いわゆる四つ打ちロック・ブームによって邦楽フェス人気が加速していた当時は、今よりもJ-POPシーンとJ-ROCKシーンの二項対立が色濃く、この作品はそんな中でのスピッツの、あくまでロックバンドであるという意思表示だったのかもしれない。

続く『小さな生き物』だが、スピッツはここで一つエポックメイキングな出来事を迎えている。1998年のリリース以降、長らく不遇の扱いを受けてきたアルバム『フェイクファー』収録曲の復活だ。

実を言うと、『フェイクファー』はいまだに聴きたくないアルバムだ。納得いかないところがたくさんあったし、当時の苦しかった思いが伻ってくるような気がして、聴けずにいる。

2007年刊行の自伝『旅の途中』で、草野マサムネはこう独白していた。『フェイクファー』は、自らをブレイクへ導いたプロデューサー・笹路正徳の元を離れたスピッツが挑んだセルフ・プロデュース作。くるりやナンバーガールがデビューし国内ロック・シーンに新しい潮流が起こっていた1997年、ハイファイなロック・サウンドを志して制作に入った彼らだが、笹路=最終的なジャッジをする存在がいない中で制作は難航、結局アレンジとサウンドに未練を残したままリリースを迎えた。皮肉にも「冷たい頬」や「楓」など屈指の名曲を擁するそれはバンドの大きな古傷であったようで、収録曲はいずれもライヴでほとんど演奏されない幻の曲となっていた。その1つが14年ぶりに日の目を見たのが、2012年春のファンクラブ会員限定ツアー〈GO! GO! スカンジナビア Vol.5〉。彼らはそこで、1番サビまでをシンプルなブレイクビーツと草野の弾き語りのみにリアレンジした「運命の人」を披露した。理由は単純、このツアーにはセットリストの何曲かを会員の投票で決めるシステムがあり、「運命の人」が上位にランクインしたことでやらざるを得なくなったのだ。

新しい「運命の人」

通常ライブで曲のアレンジをほぼ変えない彼らだから、筆者は打ち込みが流れ出したときの会場の面食らった空気と、草野が歌い出した時の歓声をよく覚えている。田村明浩(B)は今回に限って“自分たちのモチベーションを上げるためにも、何かしら新しいこと、前向きな要素を入れないといけないなと思っていた”のだと後に語った(※1)。しかしここで彼らは予想以上の手応えを得たらしく、直後の〈ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2012〉や〈apbank fes ’12 Fund for Japan〉でもこの「運命の人」を披露。以降もほぼ全てのツアーのセットリストに採用され、今ではすっかりライブ定番曲となった。そしてこの頃から他の収録曲も時たま披露されるようになり、『フェイクファー』は晴れて市民権を得たのだ。

小さな生き物』の制作が始まったのはその夏フェスの翌月、2012年9月のこと(※2)。翌年完成したそれは久しぶりに実験的な曲の多いアルバムだった。シティポップ風味のディスコ・ナンバー「エンドロールには早すぎる」はリズム隊が打ち込みだし、『ハヤブサ』(2000)ぶりにインストナンバー「scat」が入った。中でもサイケ全開のドリーム・ポップ「エスペランサ」(初回盤のみ収録)はこれまでにないタイプの曲で、気怠い歌唱とローファイなアルペジオは当時ブレイク直前だったマック・デマルコのようだ。先行シングル「さらさら」もシングルとしては「水色の街」(2002)以来のマイナーキーで、人工的な女声コーラスとドライな恋愛観の詞が印象的な佳曲だった。

半ば不可抗力から始まった『フェイクファー』復活劇が、『小さな生き物』の方向性を決める伴となったのは確かだろう。アルバムツアーで彼らが本編最終曲に選んだのも、『小さな生き物』収録曲ではなく「運命の人」だった。

『醒めない』と「ヘビーメロウ」

昨年リリースされた『醒めない』は、『小さな生き物』よりも実直なソングライティングと“生死”あるいは“別れ”を意識した歌詞が目立つ。サウンド面では先行シングル「みなと」のレヴューでも書いたが、やはりたっぷり効かせたリヴァーヴと、太く人なつこいギター・バッキングが特徴的だ。特に「ヒビスクス」のしなやかで透き通ったギターソロや「モニャモニャ」のふくよかなベースラインは、それまでの彼らの曲をレコードで再生したときのよう。しかし始めと終わりの快活なロックナンバー「醒めない」と「こんにちは」や、同時期に録音されたニューエスト・モデルのカヴァー「爆弾じかけ」(※3)も合わせて聴くと、メンバーのパンク・ロックへ回帰する意識の強さもうかがえる。前作での実験を経て、2010年代のポップロック・バンドとしての強度とメンバー4人の今のモードとがより自然に結びついたアルバムと言えるだろう。そして、今作に収録された新曲もその延長線上にある。

パンク・バンド時代のナンバーをリメイクした「1987→」もJ-POPにありがちな過剰なメッセージ性を否定してみせる「歌ウサギ」も特徴的だが、特筆すべきは一見地味な「ヘビーメロウ」だ。これまでアルバム曲でのみ慎重に使ってきたダンス・ビートを大型タイアップ用に仕上げたこの曲は、いつになくタイトなドラムや“なんちゃってファンキー”という詞からしてスピッツなりのブギー・ファンクなのかもしれない。しかしこれが今、四つ打ちロックブームを抜けてディスコ/ファンクをヘビロテする私達の耳には疑いようのない“スピッツ”として届く。「さらさら」「みなと」に引き続き、彼らの“らしさ”のアップデートを実感する名曲だ。

10年間貫いたもの

フェイクファー』の件もあったとはいえ、『さざなみCD』以降のスピッツが音楽的実験に対して慎重であり続けてきたことに変わりはない。未発表の新曲はファンクラブツアーでしかやらないし、実験的な曲はもれなくシングルB面やアルバム曲に回す。それはすっかりミュージシャンズ・ミュージシャンでもある彼らが、一般リスナーどころか音楽自体にライトな層にも“変わらないスピッツ”として認知されることを重んじるからだ。だから3年に1度は音楽番組に顔を出すし、毎度50本前後ものアルバムツアーの大半を地方ホール公演が占める。

一方、彼らが自主企画イベントに呼ぶメンツはやはり若手のロックバンドが中心で、おそらく今の時勢にそのフォーマットを推す意味にも自覚的なのだろう。草野は以前から自分がヒップホップリスナーであることを公言しているが、特に『醒めない』リリース時の「実際、俺もたぶん今10代だったら(ワクワクするのは)ロックじゃないかもって思う」(※4)という発言には、“ロック”という変わりようのないルーツへの覚悟が垣間見えていた。

おそらく今の国内において、スピッツほどリスナーを分断しないアーティストはいない。この頃彼らの楽曲がリバイバルされつつあるのは、そういう直感が人々の間に働いているからではないだろうか。インディーでもメジャーでもJ-POPでもJ-ROCKでも、どこにいても彼らを継承する音楽が聴こえてくる。個々の楽曲の強さは言わずもがな、広いリスナー層を誠実にカバーする近年のバランス感覚もまた、スピッツの存在感をいっそう際立たせているのだ。

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