【コラム】県外就業率1位の『ベッドタウン』奈良県にあるレコード店「django」

ジャンゴでsayoko-daisyを紹介
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「レコードストアデイ」の認知度が年々高くなり、都会のレコードショップでは、インストアイベントや限定版レコードの販売など、魅力的なコンテンツで、多くの音楽ファンで賑わうことがしばしばあるそうだ。渋谷ではHMVのレコードショップが8月にオープン。その華やかな一面を見る一方で、地方都市では閑古鳥が泣き続け、惜しまれながらもシャッターを降ろす個人レコード店が後を絶たない。

奈良の中心街で営業中の「django(通称ジャンゴ)」も明日をも知れぬ不安の中、離れ小島のようにぽつんと客人を待っている。

ジャンゴのある「餅飯殿センター街」は古い歴史を持ち、アーケードを抜けると、人気スポット「ならまち」に繋がっており、週末には若い観光客や外国人も多く行き交う、近鉄奈良駅から徒歩10分ほどの好立地。とは言うものの、終日、夜8時を過ぎると一気にシャッターがしまり、人通りもぱったりと無くなるその光景は世紀末さながら。初めて奈良に訪れた人がこの光景を見ると「ちょっと奈良、大丈夫なの?」と不安にさせるのはもはや鉄板。同じ時間帯で隣の大阪や京都の中心街を歩くと、まだまだ人で溢れかえっているのでこの景色はいつ見ても寂しい。個人的には地元に帰って来た、という安心感を与えくれる風景でもある。

話が逸れたが、ジャンゴはそのアーケードを300m程進み、交差路を右に曲がってすぐの所にあり、夜の9時まで寂しげに営業中。窓ガラス越しに店内を覗くと、10坪程のスペースにレコードの棚が四方を囲み、至る所に中古レコードの入った段ボールが積まれている。壁面には新品のCDの在庫も少し陳列されている。正面奥のレジカウンタ−には注文品と思われるCDなどが無造作に積み重なっており、そのカウンタ−の中に埋もれるように、ジャンゴの店主がじっとノートパソコンの画面を見つめている姿を確認。ki-ftの取材についても事前にツイッターで問い合わせて、承諾していただいた。

ツイッタ−といえば、ジャンゴ店主、松田太郎さん(@djangorecords)の日々のツイートが自虐的だと、一部の音楽ファンの間で波紋を呼んでいる。そのツイートの一部を抜粋すると、

「本日1枚でもCDが売れますように」に加え「今日こそは2人以上の来客に恵まれますように」が2014年現在の2大悲願。

本日もまたもや無念の1日に終わりそうですが、あと1時間お待ちいたします。よければどうぞ。毎日損失と負債が蓄積する6月。本当に厳しい。

シスコでもWAVEでもHMVでもタワーでもDMRでも、個人経営のレコード店でも、閉店を嘆くツイートを眺めているだけで、その店が閉店に至った理由がある程度判る。ほとんどが過去形なのだ。

「僕の(私の)青春だったのに」が圧倒的多数で、現役の若者達の「今の僕の(私の)青春なのに」という声はほとんど見られない。30-35歳前後のどこかで計り知れない程の大きなカルチャーの分断があるような気がする。

……と、この様な悲壮感漂うツイートが営業中はほぼ毎日欠かさずあがってくるのだ。見ているこちらまで胃が痛くなるのだが、その赤裸々過ぎる自虐的な表現に、ついつい目が文章を追ってしまうのである。恐らく、そのツイートを見て再来店したかつての常連の方や新規の来店者も少なからずいたのではないだろうか。私もその1人で、初めて来店したのは4年前、遷都1300年祭でにわかに町が活気づいていた頃。そんな時期でも、経営悪化の一途を辿り、「実店舗でCDを買う人が本当に減ったし、奈良に若い音楽ファンがいない」とぼやいていらしたのを覚えている。

ジャンゴは創業26年の老舗レコード店。開業される前は、出身地である京都のJEUGIAに入社し、輸入レコードの仕入れる仕事をしていた。開業当時は、心斎橋に店舗を構えたが、暫くして店舗の入っているビルごと地上げ屋に買い取られてしまう(当時はそういうことはあちこちで行われていたらしい)。90年代に父親の故郷の奈良へ移転し、その頃は1日で50-100人の来店客で溢れていたという。「入荷日には若い子が開店前から店の外で待っていて、入荷の段ボールを開けたとたんに「俺が先に買うんだ!」と言わんばかりに一斉に飛びついてきて。そんな時代は検品とレジ打ちを毎分している状態でしたね。1人ではとてもさばけないので、妻に手伝ってもらっていました。」

当時の取り扱いは、主に松田さんの好むネオアコや60年代ロックその周辺。90年代には様々な洋楽の盛り上がりと、渋谷系やサバービア系の波もあり、アシッド・ジャズ、ブリット・ポップ、グランジ、オルタナティヴ、スカなど幅広く扱っていた。しかしマライヤ・キャリーといった売れ線の洋楽アーティストは一枚も置いていなかったという。その理由はいたってシンプル「自分の好みじゃないから」。現在はというと、ほぼ中古レコードの取り扱いでジャンルもバラバラで、洋楽が多め。新作のCDなどは置きたいものであっても、なかなか仕入れの手が出せない現状という。「当店は、定価の8割の買い取りで、問屋に返品が一切できないので。去年、勢いに任せてわっと注文したことがあったのですが、思うように売れず、大打撃を受けました。なので、もう仕入れるなら再発もの。評価が安定していますから。新人の良い作品も置きたいという気持ちはあるけれど、注文でない限りはめったに仕入れないですね」と言うように、新譜は基本的に注文でしか受け付けていないが、全国流通の商品であれば、オールジャンル受注OK。通販も扱っているが、ネットショップはない。ツイッタ−やメールで直接問い合わせる。その中でも定期的にレコードやCDを大人買いする常連客が数名存在することには驚いた。「この方はネットショップを良く思っていませんね。愛着のあるリアル店舗を脅かす存在でしかないと(笑)。ありがたいことに、月1で10~20枚程注文してくださいます」。店の存続を切に願う人はツイートを見るだけでなく、日常的に貢献している。店頭購入の若者離れは進む一方だが、アラフォー世代が贔屓にするレコ屋は地方都市では貴重な存在のよう。

実はこのジャンゴ、かつてはコーネリアスの小山田圭吾が「奈良にヤバいレコ屋がある」と紹介した店でもある。「小山田さんは、ラジオとかで数回ジャンゴを話題にしてくれたようで、それを聞いたリスナーの方が来店することもありました。フリッパーズ・ギターが登場した時は「自分と同じ好みの音楽を聴いている日本人アーティストがようやく現れたな」と嬉しくなりましたね」と双方シンパシーを感じているようで微笑ましく思えた。他にも、ワッツーシゾンビの安里アンリも「青春時代はジャンゴに入り浸り、音楽遍歴が形成された」と公言しており、近年では、スガノユウ(元NOKIES!)も度々来店しているという。

松田さんは、奈良出身のSSW、sayoko-daisyの音楽家人生をスタートさせたきっかけの張本人でもある。彼女が来店時にデモ音源を初めて聴き、すぐに自主制作のCDを出すように施した。長年培われてきた審美眼が、彼女の音楽センスを瞬時にキャッチし、その結果、1年足らずでジャンゴのみの取り扱いで今では100枚以上販売。今でも在庫がなくなると、sayoko-daisy自らCDを納品している。バンヒロシや松永良平も認める彼女の楽曲は、関西に留まることなく今秋に全国流通での新作リリースも決定している。

ジャンゴでsayoko-daisyを紹介
壁面に展開されていたsayoko-daisyには、最速で彼女をレコメンドした、松永良平氏のレビューの一部も紹介。

また、mona recordのオーナーで、ルルルルズの行達也氏も去年取材に訪れており、ジャンゴの存続に感銘を受け、25周年のイベントも企画した。氏によるジャンゴへのインタビューも併せてチェックして欲しい。

「音楽ファンや、レコード愛好家には、今のこんな状態でも、不思議なことに何かしらの感銘を与えているみたいなのですよね。最近15年ぶりに来店された方には「青春時代に行きつけだったレコード店の中で、ジャンゴだけ存続していた!」と感動の余り涙ぐんでいました。

私はこの日(2014年7月)、以前にブログ紹介されていたsugerfrostから今年発表されたVenus Peterのジャンゴ限定バージョンの7インチと、京都のネオアコバンドb-flowerのファンジン3冊、アーント・サリーのCD化されたファーストアルバムを取り置きしていたので受け取った。どれも松田さんのツイッタ−やブログをチェックしていなかったら出会うこともなかったかもしれない音楽である。「松田さんが推している」ということに大きな信頼を寄せているので、やはりネットではなくジャンゴで買おうと思った作品だ。

カウンターの側には、ソノシートの束が何種類か置かれていた。ソノシートを実際に見るのは初めてだったので、興味津々で手に取ると「それはこの間、sugerfrostoのレーベルオーナーがいらして、ファンジンと一緒に置いていってくれました」とのこと。

djangoで購入したものと、ファンジン
djangoで購入したものと、ファンジン

ここまでの経緯を聞いても、何も店主が営業を怠慢しているから経営が不振になっている訳ではない。その理由は、CDが売れない時代に突入し、そこに追い打ちをかけるようなAmazonをはじめとするネットショッピングの急激な普及が大きな原因と考えられる。とどめに、送料無料や、小売店の卸値よりも安く販売する商品も頻発し、太刀打ちできない状況だ。(フランス政府では、小売店の生き残りを救うべく、割引した商品を送料無料で発送する事を禁じる“反アマゾン法”を可決したほど)そしてもう1つが、奈良県自体の問題。全国的に見ても人口減少率が著しく低く、奈良県民のGDPが266万円(全国平均407万円)、男性の県外就職率全国1位、女性の県内就業率全国ワースト1位と、とにかく「地元にお金が落ちない」という歯止めのきかないカルマが、ここ何年もジャンゴの経営を圧迫しているに他ならない。

現に、ジャンゴのような個人店のみならず、県内の大型CDショップや書店が続々と閉店している。私の地元の駅前のTSUTAYAも今月でいよいよ撤退するという知らせも聞き、店主のネガティヴツイートに増々拍車がかかるのもうなずける。しかしそのツイートがはじまってから4年あまりの今も、首の皮一枚で生き抜いている、言わば奇跡の地方レコ屋なのである。店の品揃えは変わり果て、“閉店も視野に入れながらの営業”とうつむきながらも、店主の心意気は当初から変わっていない。そんな店舗はきっとジャンゴだけではなく、あなたの町の片隅にもまだ健在しているはず。店主とコミュニケーションをとることで、ネットの検索だけでは知り得なかった音楽やここだけのエピソードを聞くことができるはずだ。私は「奈良がネオアコ好きの若者で溢れかえっていた」という現象がにわかに信じ難かった。1980年後半から1990年に生まれた世代には記憶にほぼ残っていない部分なので、現在のCDショップの「何となく、ショッピングビルの中に入っている」という在り方とも相当違うように感じた。何より、音楽愛好家への信頼と実績があるのは確か。そしていつ来店しても「当時と変わらず店主が店で待っている」愛着と、ライヴハウスと同じように音楽好きが集まる身近なコミュニティとして存在する。

あなたが音楽と出会う、ひとつの選択肢として、地元レコードショップに足を伸ばすことを提案したい。そして、この文章を読んで少しでも気になったのなら、ジャンゴへ訪れてみて欲しい。そして遠慮せずに些細な世間話でもいい、話しかけてみて欲しい。店主があなたの音楽遍歴に新たな風穴をあけてくれるに違いない。

ジャンゴレコード(Django Records)の詳細

ジャンゴレコード
住所:630-8222 奈良市餅飯殿町36
営業時間:14-16時頃から21時まで
定休日:木曜日
メールアドレス:django@m4.kcn.ne.jp

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