【インタビュー】Sayoko-daisy『ノーマル・ポジション』インタビュー – ジャンゴが掘り出したSSW
- By: 森 豊和
- カテゴリー: Interview
- Tags: CRUNCH, Paisley Pheasant, sayoko-daisy, バンヒロシ


ノーマル・ポジション
LUVNYON/BAMBIPHONE RECORDS, 2014年
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ポスト・インターネット・ミュージックという概念をご存知でしょうか。ソフィア・コッポラの映画『The Bling Ring』のスコアを担当したワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、あるいはFKAトゥウィグス、ビョークをプロデュースすることで話題のアルカといった今をときめくトラック・メイカーがその代表例。過去、現在、インターネット上の無限に思えるアーカイヴから、あたかも人の意思を介しないで作り上げられたような異形サウンドを指します。
しかしこれからご紹介するのは、同じ打ち込み音楽でも、そんなトレンディーなものではありません。しかし卓越した才能。鉄道で関西各地を旅して、多くの人々と実際に触れ合い、レコード盤を選び、生演奏や共同作業を織り交ぜながら練り上げられてきた音楽。大阪生まれ奈良育ち、現在は三重在住、奈良のレコード店『ジャンゴ』が掘り出したシンガー・ソングライター、Sayoko-daisy(サヨコ・デイジー)さんです。
自分の聴いてきた音楽の要素をとにかく思いつくまま投げ込んだ構成なんです。節操はないけど選り好みをするという、自分自身の性格も表れているかも
論より証拠! まずは聴いていただきたいです。彼女の初フル・アルバムのタイトル・トラックである「Normal Position」には、たくさんの言葉と様々な音楽要素が詰め込まれています。
「時間と空間をまたいで世界中を旅しておうちに帰ってくるような。でも本作の核にあるのは、寂しいけど、どこか懐かしくて暖かい感じ。この曲「Normal Position」では、シタール風、笛の音? アコーディオン? と思えば日本的な旋律が突然差し込まれます。浮世絵が急に現れるみたいな音楽。」
この曲と「ニアミス」の2曲でギターを加えている堀田倫代(のりよ)さん(CRUNCH)はこうコメントしています。

ふとした日常のこと
自主制作, 2014年
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その通り、一聴してポスト・インターネット、ヴェイパーウェイヴ的な曲です。しかし繰り返しますがFMラジオや、『宝島』などの雑誌、中古レコード、CD等で80年代文化を熱心に掘ってきた彼女だから、10代の若者や、はたまた外国人が、ネットで拾った昔の良いメロディーや踊れるリズムをミックスしてみましたというのとは違います。30年ほどの人生のなかで彼女が影響を受けてきたルーツが端々に息づいています。実際この曲は、小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド『アメリカン・ラヂオ』から影響を受けた構成だといいます。
「日本的メロディーの部分(倫代さんが「浮世絵」と表現した箇所)は、大瀧詠一の「ナイアガラ音頭」を意識したものです。自分の聴いてきた音楽の要素をとにかく思いつくまま投げ込んだ構成なんです。節操はないけど選り好みをするという、自分自身の性格も現れているかも。」
もうお分かりでしょうが、本作はいわゆる“宅録ドリーム・ポップ”とは趣を異にします。手段として打ち込みを利用しているだけで、実際は下手なロック・バンドより生々しい。ときに荒々しくさえあります。シティー・ポップ、テクノ歌謡といった現行インディー・シーンの傾向から本作を捉えるのもあながち間違いではないけれど、しかしそんな論点よりもただ、まっとうで誠実な音。一人の女性の信念が宿っている。彼女の世界観があって、自然とそれに共鳴するゲスト・ミュージシャンも集まってきて、Sayoko-daisyという物語が綴られている、そんな全10曲44分。ジャケットが模しているように80年代のアナログ・レコードを意図したヴォリュームです。
彼女が敬愛する細野晴臣が若い頃一時期、精神的な危機を経験し、USロックに影響を受けたバンド活動から、一転、古今のワールド・ミュージックの影響を取り入れながら、テクノ、アンビエントを経て、より自然体な生演奏に回帰していった、その歴史の重みを彼女なりに後追いで想像し、だからこそ豊かに感じ取り、昇華した。現在31歳の彼女はインターネットの恩恵を幼少期には受けていません。10代~20代のミュージシャンが物心ついた頃から手軽にYouTubeでレア・グルーヴを漁り、センスが良かったから凄い曲できました! というのとは事情が異なります。
バンさんの作る音楽は万華鏡のよう – バンヒロシ氏との師弟関係、そして伊東宏之氏(Paisley Pheasant)とのコラボレーション
細野晴臣とYMOをキーワードに語られることが多い彼女ですが、もちろんその他にも幅広い影響元があるようです。その一部を語ってくれました。
「音楽への目覚めという点で言えば、小学生の頃から聞いていた鈴木雅之の存在は重要です。鈴木さんを通して間接的に山下達郎や小田和正の音楽に触れていた部分もあり、それが伊東宏之さんに参加いただいた「回想列車」のアレンジにも繋がっています。」
引き続いて、その伊東宏之さんからもお話を伺いました。
「その回想列車でのギターの意図としては、言語化が難しいところですが、77年~82年くらいの洋楽ディスコ・ナンバー的なフィーリングと、90年ぐらいの邦楽メガ・ヒット、例えば「ラブ・ストーリーは突然に」のようなイメージをもって構成を考え、プレイしました。」
「ギター・アレンジは伊東さんにお任せでしたが、打ち合わせのとき唯一具体例として送ったのが、シスター・スレッジの「グレイテスト・ダンサー」でした(Sister Sledge He’s The Greatest Dancerで検索してみてください)。ああいうファンキーなカッティング・ギターが欲しかったのです。ちなみにシックのナイル・ロジャースによるものです。伊東さんはサウンド・クリエイターとしても活動されていて、とにかく幅広いジャンルに対応し、相手の意図する音の再現に長けておられるんだと思います。」
その伊東さんが所属するバンドPaisley Pheasant(ペイズリーフェザント)も最近ファースト・アルバムをリリースしました。Sayoko-daisyさんの言葉を借りれば「ブルージーかつサイケで骨太なヴィンテージ・ロック」です。「最近のロックはほとんど知らないのですが、AC/DC好きの私にはツボな音でした」とも話されて、意外なルーツも垣間見えました。

Paisley Pheasant
THIRD EYE DISC, 2014年
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80年代のロックといえば、彼女はリリース元レーベルのオーナーであるバンヒロシさん率いるバンビーノやアリスセイラーさん(ex. アマリリス、彼女は戸川純と並ぶニュー・ウェイヴ・アイコン)ともライヴで共演しています。彼女にCDリリースを勧めたジャンゴ・レコードを介して繋がったバンヒロシさんと彼女の信頼関係は厚く、本作のレコーディングにおいても多くのアドバイスを受けているそうです。「Teach Your Beat」にヴォイスとアレンジメントで参加するバンさんについては一際熱心に語ってくれました。
「音に関することでは、良い部分をもっと引き出すためのアドバイスはくださるものの根本的な部分にはノータッチで、「この年齢でこういう音楽を、誰の入れ知恵もなくひとりで作っていること」を評価してくださっているみたいです。バンさんの音楽に対する姿勢とか、パフォーマーとしてのあり方にも憧れているし、学ばせてもらっています。バンさんの作る音楽は万華鏡のようです。色とりどりの要素、時にはとてつもなくマニアックなものも含まれているのに、すべて違和感なく馴染んで輝いている。そこにキャッチ―なメロディーと歌詞が乗るので、一度聴いたら頭から離れなくなるんです。私もそういう音楽を作りたいと思っています。」
まさに「Teach Your Beat(貴方のビートを教えて)」です。
文脈がわからなくとも、その音の背景にある作者の思い、その音が映し出す時代背景は多くの人々の共鳴を招く
そういった過去のロックに遡りながら、CRUNCHとの共作「はっぴいえんどカヴァーEP」、そして単体でのカヴァー集「drop in」をどちらもbandcampで無料配信し、ネット・レーベルAno(t)racksのフリー・コンピレーションへの参加もあって、ネットを通じた世界中からの反響もあるようです。
「海外からのアクセスはこまめに確認してるわけではないのですが、アメリカ、イギリス、東南アジアあたりの日本音楽ファンみたいな人が聴いてくれたりしてるようです。最近だと、(Ano(t)racksのフリー・コンピで)ロシア語の曲をカヴァーしたからかロシアの方がすごく喜んで、私の他の曲も聞いて下さるようになったみたいです。元々海外に向けて作ってないというか、背景を知らない人≒海外と若者には絶対受けないもんだと思ってたんで不思議な感じがしますね。」
しかし、先述のアルカも無感情的な音楽から逆説的にエモーションを浮かび上がらせようとしているのかもしれないし、文脈がわからなくとも、その音の背景にある作者の思い、その音が映し出す時代背景は多くの人々の共鳴を招くのだと思います。
なんといっても良い音楽はメロディー、リズムが何より雄弁に主張します。もちろん国内では、著名な音楽ライター松永良平氏、70年代から現在に至るまでカルト的な人気を誇るラジオDJつボイノリオ氏からの賞賛などなど、耳の肥えた知識人からの支持を多く受けている彼女の音楽は決して注目されバカ売れして時代に消費されるものではない。彼女が憧れる細野晴臣の諸作品のように時代を乗り越え永く記憶に残り引き継がれていくものになるはずだと思っています。
では最後に、そもそものCD制作のきっかけ。本稿タイトルにもあるジャンゴ・レコード松田さんとの出会いについて語っていただきました。
「セレクト・ショップということもあり、それまでなんとなく入る勇気が出なかったジャンゴを初めて訪れたのは、音楽作りを再開して間もない頃でした。オーナーの松田さんとはお店でもツイッターでも色んな話をしていましたが、自分が音楽を作っていることは恥ずかしくて、直接お伝えしませんでした。しかし、ある日、松田さんがたまたま読んだ私のツイートからSoundCloudに辿り着かれ、その日のうちにご自身のツイッター・アカウントで紹介してくださって、翌朝起きたら再生回数が跳ね上がっていたんです。それまでは1週間の再生回数がゼロってことも、珍しくなかったのに!
「CDを出すべき」と言われても「自分の作品なんかを買って聴く人がいるのだろうか?」と半信半疑でしたが、確かな耳を持つ松田さんの後押しだったからこそ、信じて前に進めました。本当に感謝しています。」
そもそも音楽とはコミュニケーションであり最終的には人と人のつながり。技術の発達により誰もが手軽に録音、配信できるようになった今だからこそ、本当に心のこもった音楽とは何なのか、どうやって作られていくのか考えていきたい。そのヒントが今回のSayoko-daisyさんのお話の中にたくさんあったと思います。

ノーマル・ポジション
LUVNYON/BAMBIPHONE RECORDS, 2014年
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