現在関西音楽帖【第15回】~PICK UP NEW DISC REVIEW~

Disc Review
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「フットワーク軽く、定期的に、リアルタイムで関西の音楽作品をレビューしよう」というコンセプトで始まった「現在関西音楽帖~PICK UP NEW DISC REVIEW~」。第15回目となる今回は、than『蚕 -kaiko-』、WOMAN『beautiful』、パソコン音楽クラブ 『Dream Walk』、bed『right place』の4作品をピックアップ。


than『蚕 -kaiko-』

than
蚕 -kaiko-
BUZZWORCS, 2018年5月30日
BUY: TOWER RECORDS, Amazon CD
LISTEN:Spotify, Apple Music

6月30日に行われた世界最大級のインディーズバンド・コンテスト、エマージェンザ・ミュージック・フェスティバルの決勝で優勝をかっさらい、日本代表としてドイツ・ローテンブルクでの国際決勝、タウバタール・フェスティバルの出演が8月9日からに迫った大阪アンダーグラウンドの怪物、than。昨年のライヴ本数は180本を超える屈指のライヴ・バンドであるが、本作は2011年の結成以降、待望の初のフルアルバムとなる。

バンドの首謀者キタ(Vo,G)の歌には、中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)の番長気質と現場主義、吉野寿(eastern youth)のエモーションと哀愁を兼ね備えた、日本のオルタナティブ・ロックの正史が宿る。ハードコアともいえるようなヘヴィなサウンドが主体だが、直情的ではなくジワリと溢れてくる悲喜交々。まるでギターと歌以外の音はモノノケで、キタの覇気によってふっと立ち上った虚像のように思えてしまう。Taroo(Dr)、ホンジョウ(Ba)のリズムに加え、N(緒方直之)のクラリネットが哀愁と高揚のグラデーションを豊かに描くが、とりわけ特異なのが紅一点、赤子(コーラス、ダンス、メロディオン)の存在。本作では幕開け、幕間、コーダとして機能している小曲「繭」での歌を始め、キタと対を成すヴォイスとして作品にぐっと広がりを与えている。ライヴではその上で曲に最後の筆入れを行うように舞う踊り子として、thanのオリジナリティを象徴するような役割を担っているのだ。

とりわけこのような編成・スタイルも確かな狙いによるものではなく、関西の強烈な磁場でライヴを繰り返し、その中で人との出会いと共鳴を音楽に昇華し続け、たどり着いたものだろう。今でもライヴごとに編成は1~5人と柔軟可変、そんなことでは全くブレない強靭なステージを日々行っている。一方で今後も変化し続ける儚さの美学もあるのだ。まさに完全変態の生物である“蚕”の如く。

とにかく日本代表としてドイツで大暴れしてくれることを期待しよう。また旧知である尼崎のシンガー・ソング・ライター影野若葉の9月リリースの新譜『涙の謝肉祭』にも演奏面で参加しているそうだ。関西のモノノケ、続々開放中につき注意。(峯大貴)

※5月の本作リリース時は加納未樹(Vo,P)と共に不定期参加メンバーとしてクレジットされている。


WOMAN『beautiful』

WOMAN
beautiful
FLAKE SOUNDS, 2018年6月27日
BUY: TOWER RECORDS, Amazon CD
LISTEN:Spotify, Apple Music

近年、ロックバンドと言い難いバンド、アーティストが増えている。具体的にいえばyahyel、D.A.N.、DATSといったバンドがそれに該当するが、これらのバンドはクラブ・ミュージックやビート・ミュージックから端を発しており、合わせて自らの音楽をオルタナ、パワーポップ、EDMといったジャンルに当てはめようとしない価値観を持っている。しかしジャンル・レスでありながら、音楽は同時代感があふれるものに仕上がっている。そしてそのようなバンドが、大阪にも存在する。WOMANというバンドだ。

WOMANといえば、2017年から始動したバンドでありながら5月にはNamba art yard studioでワンマン・ライヴを行い、ユミ・ゾウマ、ゴート・ガールといった海外のバンドとも共演するバンドであるが、6月に出した1stアルバム『beautiful』を聴くとバンド本来が持つ生々しさやエモーショナルな脈動を一切感じさせない。もっと冷徹で、エクスペリメントな音楽を軸にしている事がわかる。彼らのサウンドを聴いて思い起こすのは、MASSIVE ATTACK、JAMES BLAKE、コーネリアス、ARCA等であり、これらのアーティストはロックではなく、クラブ・ミュージックから端を発していおり、時にDJとしてステージに上がる事もある。また彼らはコンセプトとして“genreless、genderless、fearless”を挙げており、それはどの枠組みにも属せず、型にはまらないバンドとして活動をしたいという表れであるし、日本人という帰属性を取り払い、枠にとらわれない活動をしようとするyahyelの思想性にも近いように感じる。いろいろと語ったが、これだけの思想性、音楽性をもったバンドが、大阪のインディ―ズ・バンドとしてだけで終わるわけがない。多分本人たちはもっと先の世界を見据えているに違いない。(マーガレット安井)


パソコン音楽クラブ 『Dream Walk』

パソコン音楽クラブ
Dream Walk
2018年6月20日
BUY: HMV, TOWER RECORDS, Amazon CD
LISTEN:Spotify, Apple Music

〇〇年代っぽいなどの言葉に代表されるように音楽は、その時代に使われている機材によって共通の音像があると思う。大阪を拠点に柴田と西山を中心に活動する5人組、パソコン音楽クラブの本作『Dream Walk』は90年代頃のシンセや音源モジュールなどのヴィンテージ機材だけを使って制作されたことで、現在、30代になった私にとって10代の頃から聴いてきた音の断片がこのアルバムには詰め込まれているように感じた。本作のタイトルは、自分の記憶を辿り今の視点で再解釈することを意味しているのではないだろうか。

アルバム冒頭での「走在」は、少しフィルターの掛かったシンセの音色やアレンジで、私にとって「ホット・コンピューター」などガーリング『ヘッズクリーナー』(01年)を彷彿とさせる。他にもある程度年齢を重ねた聴き手にとっては、ヴィンテージな機材で奏でられる音の断片に、80年代中頃から始まったニュージャックスイング以降から連なる90年代のR&Bの楽曲を思い浮かべ、自身の思い出を交錯させながら聴き進めることだろう。

そんな淡い記憶を振り返っていたさっきまでの自分を、今ここにいる自分として立ち返ってくる「Inner Blue」へと収束させていく所が本作の肝だ。音楽が過去の淡い記憶を消えない風景として思い出させてくれるという歌詞は、音を通じて記憶が刺激されたノスタルジックな感覚を言葉として提示してくれる。(杉山慧)


bed『right place』

bed
right place
No False Records, 2018年7月21日
BUY: アーティスト公式通販

30歳を過ぎて色々思うことがある。文章は書いているもののライターとしては一向に芽が出ず、会社に行けば上司と後輩の板挟み。言いたい事もいえず、毎日飲み屋に一人で行っては自分を反省し、自分を慰める。結婚して、子供が出来て、一戸建てで暮らす。そんなことを漠然ながら子供の頃に思い描いていた。理想とはほど遠い現実。「酒に逃げるのは良くはない。」というのはわかるが、今日も終電逃してしまい徒歩で家へと帰る。

すがっているだけ なのかな
いつの間にか 余計なものになってしまっていたって
言われたような気がしていた 「完璧すぎる」

ふっとイヤホンから流れた音楽に足を止めた。そういえばbedのライヴを観て、この『right place』というEPを買ったんだっけ。

bedといえばオルタナティブ、エモ、パワーポップを咀嚼したサウンド、そして山口将司(Vo,G)とジューシー山本(Vo,G)の二人のヴォーカリストがいることが特徴的なバンドだ。また2人のヴォーカリストがそれぞれ歌詞を書いて、それを作詞者が歌うというスタイルをとっているが、彼らの歌の中に理想は登場しない。『right place』に収録された4曲すべてに共通するのは、後ろ向きな男たちの肖像である。どの歌の中でも男たちはうだつが上がらなくて、時には人を妬み、時には自分のやった事を後悔ばかりしている。そしてその姿は、いまを生きる私の姿そのものでもある。

そしてそんな私に対してbedは決して励まさないし、ポジティブな言葉を掛けない。後ろ向きな男の現状をただただ歌う。しかしbedが後ろ向きな男の現状を歌う事で、私は「自分以外にも同じような事で一緒に苦しみ、悩む仲間がいる。」と共感する。bed自身もドラムの脱退、古巣のレーベルから離れて自身のレーベルで活動を再開させる、など去年以降目まぐるしく環境が変化した。その中での戸惑いや不安が『right place』には後ろ向きな男たちの肖像として反映しているように感じる。そして先が見えない人生という暗闇の中で、bedは時には自分たちに勢いをつけるように声高に叫びながら、時に自分をそっと慰めるように優しく歌う。まだ自分たちはやれる、そう信じているかのようにだ。

「明日も頑張らないとな。」

そう呟いて、家路を急ぐ。明日も仕事だけど、辛さや不安は感じない。私もまだやれる。そう信じられる音楽に出会ったのだから。

bedの音楽、それこそが僕の『right place』。(マーガレット安井)

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