【レビュー】若き表現者と友達が作る楽園 | 中村佳穂『リピー塔がたつ』
- By: 安井 豊喜
- カテゴリー: Disc Review
- Tags: 中村佳穂


リピー塔がたつ
SIMPO RECORDS, 2016年
BUY: SIMPO RECORDS
友人が無ければ世界は荒野に過ぎない。と、言ったのはフランシス・ベーコンだが、この作品もまた彼女の友人達がいなければ完成できなかった作品と言ってもいいのかもしれない。彼女というのは中村佳穂、まだ20代前半の若き歌い手、いや表現者と言ったほうが相応しいのかもしれない。
彼女自身、初のフルアルバムとなった『リピー塔がたつ』を聴くと、過去作と比べて、より挑戦的かつ、表現の幅を広げようとしている事がわかる。例えば「makes me crazy」ではスチャダラパーのBose氏のラップを交え、「通学」では彼女が京都精華大学の学生だった頃に利用していた電車の音を取り込み楽曲を展開させるなど、バラエティに富みながら、彼女の頭の中に渦巻いているものを音として表現している。また、過去作に収録されていた「口うつしロマンス」や「どこまで」といった楽曲もアレンジが変わり、よりビートが際立ち、音の厚みも増して、以前とは違う味わいとなっている。この要因の一つが高野寛をはじめ、スティーヴ・エトウやレミ街の荒木正比呂、ザッハトルテのヨース毛、egoistic 4 leavesの深谷雄一など、彼女をサポートするメンバーが膨大に増えたことが挙げられる。このため体現できる音が増え、より充実した作品へと仕上がっているのだが、ただ単にサポートを増やしただけでは本作は生まれなかったように感じる。
彼女はライヴ中、よく自分をサポートをする演者を“友達”という。彼女のライヴといえば、演奏した楽曲が次のステージでは別のアレンジへと変化しているという事が多々あり、CDで音源を聴いてからライヴに行っても、想像していた内容と全く違うという事も少なくはない。また、彼女はそのときの状況に合わせて音と言葉を紡ぐ、いわばジャム・セッションをしながらフリースタイルラップをするようなことを毎回行っている。つまり、彼女は自らの思考を音楽で表現する事が多いわけで、サポートをする演者は彼女のことを理解し、その場に合わせて対応する能力を要求される。今年の7月であったか、元・立誠小学校で本作のリリース・パーティーがあったのだが、メンバーとリハーサルを行った時間は10分程度だと彼女は語っていた。しかしながら、その演奏たるや短時間で合わせたとは思えないくらい息の合ったアンサンブルを披露していた。普通のサポートではない、信頼し、理解し合える友達が本作に関わったからこそ、『リピー塔がたつ』は彼女だけでは表現できない豊かなサウンドへと仕上がったのだ。
大学を卒業し、ここ最近のライヴでは「音楽で生きていく」と語っていた彼女。音楽だけで生活していくことは茨の道、並大抵の努力では出来ないことであろう。だが、力強い友人を手に入れた中村佳穂なら、なにも心配はない。彼女の目の前に広がっている光景、それは荒野ではない。希望に満ちた楽園である。